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追憶~冷たい太陽、伸びる月~

  • 杜を巡る旅②

  • 第24話 2020年12月―灼熱の裏側③

南米の杜の規模はロナルドの過小評価だった。このときばかりは、人間としての学校生活で地理をしっかり学べばよかったと後悔した。木々や草花の潤い具合も、これまで周まわった杜の中でも随一だった。

「こん杜ば守るとに、相当苦労しよるやろ? どがん工夫ばしよるとね」

 瑚子はあえて、ハナサキ族のことを伏せていた。瑚子が黙っていてもトビヒ族の方から悪態をつくからだ。

「女王サマの神跳草があってこその杜だ」

「そい以外には? 神跳草なんて最近のことやろう。何、責めとるわけではなかと。そい以前の頑張りは称賛ものだと思(おもぅ)てな」

 本来の姿が一体、体を震わせた。体毛から甘酸っぱい香りが漂い始めた。本来の姿で生まれたトビヒ族は言語を話せないが、発する香りで感情が伝わる。

「それもまた私らの誇りだね。何といっても、女王サマが直々に褒めてくれたんだから」

「でも実際、大したことはしていないんだ。杜に生きる者として当然のことをしていただけで。それがハナサキ族や人間のちっぽけな頭では考えつかないってことでさ」

 人型のトビヒ族二体が胸を張った。

「当然のこと、ね……ぜひ他の杜に生きるトビヒ族の参考にしたかね。ほら、ウチはこのとおり杜ば周っとるけん、万が一困っている者の居(お)れば助けんばでけん」

 瑚子は中国の杜でのことを思い出した。現時点では最も嘆かわしい状態だ。今後も中国の杜の右に出る杜はないだろう。瑚子に対する態度も杜を改善する姿勢も酷かった。南半球に位置する杜を参考にする気もないはずだ。地学的にもトビヒ族の気質としても、何もかもが正反対だと言い訳をして。

 そんな事情も知らず、一体が耳打ちしてきた。

「他の杜がどれほどの規模なのかは知らないけど、よほどのことがない限り、働き手が不足することはない。要領の問題さ」

 するともう一体が相方を肘で小突いた。本来の姿二体も湿った鼻先で脇腹に触れた。

「おっと、それより女王サマが見てきた杜ではどんな風に工夫していたんだ?」

 二体とも花が高くなっていた。自分の住む杜が最高だと言わんばかりだった。

 瑚子が周ったどのトビヒ族も、他の杜に住む同胞との交流を望んでいる様子ではなかった。連絡手段の本来の姿と最終候補が歴代グリーン・ムーンストーンの同伴、もしくは代行で出入りする程度だったからだ。

 瑚子が正直に答えたところで捕捉するのが面倒だと思った。

「土地ん特徴ばよぅ活かしとるばい。寒かとこも暑ぬっかとこも。それぞれの知恵で、トビヒ族の生活ば成り立たせとる。と言(いぅ)ても正直、ウチはこん杜のことばよぅ知らん。他の杜と比べたりもできん」

 瑚子にとっては最高に正直な答えだった。排他主義、快楽と楽観主義、閉鎖主義、それぞれの思想に基づいてトビヒ族は生きている。ではこの杜をいかに表現するか、瑚子の中でほぼ定まっていた。

「ところでこの辺りの空気も美味(うま)かね。じっくり吸いたかけん、今夜はここで休もうで」


 灼熱の裏側まで、あと少し。

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