‪死に行く僕の恋‬

僕は恋愛が出来ない。
しないのではなく出来ないのだ。
僕はある病(というよりは後遺症に近いのかも知れないが)に囚われている。
幼い頃の不幸な事故で脳を損傷した際にある一部分の記憶領域が壊れてしまっていた。
その一部分というのが恋愛に関する部分。
何故そこだけを損傷したのかは分からない。
周りに症例もない。
僕だけが唯一の発症者。
気付いた理由もたまたまで幼稚園児の頃、泣きじゃくりながら母親に記憶が消えるの!好きな気持ちがないなるの!と訴えた事を心配に思った母親が病院に通ったからである。

僕はそれ以降恋をしてもある程度の想いが溢れてしまうと徐々に恋心を無くしていく。
まるで感情溜め込みすぎた瓶が決壊して崩壊してしまうように。
その人を好きになったきっかけ。
ささやかな幸せな出来事。
その人を好きになった事を中心に忘れていく。
それが消えたからといって日常生活に困ることはない。
好きになった人物が居たことだけを忘れるのでその部分以外は覚えているからだ。
…まぁそれがきっかけで私のことばかり忘れて嫌いなのかと言われて苦しんだ時もあったが…
基本的には問題はない。
人の話に合わせて喋るのにも慣れた。

そんな僕も高校に入学した。
中高一貫制だから特に周りは大きく変わりはしないがこう新しい場所というのもワクワクするもんだ。
そしてそんな気持ちに追い討ちをかけるように君が現れた。
肩に触れるかどうかのミディアムショートの綺麗な髪、活発そうな猫目、僕よりも15cmぐらい低くて小さめの身長。
何より本当に楽しそうな顔な笑顔。
教室に入った瞬間に君のその笑顔と笑い声に心奪われた。
あぁ。これが一目惚れか。
そう認識した後にここまで揺り動かされる感情に嬉しく思いながらもまたこの感情もいつか消え去ってしまうのかという辛い感情が巻き起こりぐちゃぐちゃになる。
だがこの想いを溢れさせなければ記憶が消える事はない。
この気持ちは秘めたままに。

そうするつもりだった。
なのにあの子は何が気に入ったのか自分に話しかけてくる。
やめてくれ。
これ以上好きになってしまう。
好きになりすぎる。
それだけはいやなんだ。
もう忘れたくない。嫌だ。頼むから離れてくれ。
けど彼女の悲しむ顔を見たくない。
このまま想いが募って忘れてしまう方が君の事を傷つけると分かっているのに。
この想いを持ったまま君を傷つける事が出来ない僕は許されないだろうが許してほしい。
臆病な僕を許してほしい。

そんな時に彼女から告白を受ける。
一目みた瞬間に恋に落ちたと。
まさか僕と一緒だと思わなかった。
でも聞きたくはなかった。
君への想いが消える音がしたからだ。
彼女の事。思い出を。最初に出会った時のことも。全てを忘れだす。告白された事さえも…
全てを忘れる事になるだろう。
そしてまたいつも通り。
忘れた事で自分が責められるのだ。


…それだけは嫌だった。
ならおかしな人と思われてもいい。
正直に自分の病を話し始める。
いっその事これを機に嫌いになってくれ。
そうすれば君の傷は浅く済むから。
なのに君は真剣な顔で話に耳を傾ける。
僕は頭痛を抑えながら必死に話す。
嫌いになってくれという想いと理解してくれたら僕は初めて救われるのかも知れないなどと、自分の都合の良い妄想を頭に浮かべながら。
全てを話し終わり彼女がこちらを向く。
気を失いそうなほどの頭で君の言葉を聞こうとする…
「      」
僕は全てを忘れた。

僕は目を覚ますと保健室に居た。
またやってしまった。
誰かの事を忘れたのだ。
この後の展開は読めている。
その人に嫌われてクラス内で孤立するんだ。
僕は内心辟易としながらベットから降りてカーテンを開ける。
目の前には肩に触れるかどうかのミディアムショートの綺麗な髪、活発そうな猫目、僕よりも15cmぐらい低くて小さめの身長。
僕は彼女を目にした。
その瞬間君はこう言った。
「私は貴方の彼女です。…また君を恋に落としてやるから覚悟して!」
僕は今までと違う展開に驚いたと同時に静かに涙が零れた。

その後の展開は想像出来るだろう。
僕は彼女に何度も恋に落ち、その度に忘れていく。
彼女は毎回忘れた僕の記憶を何度も話して教えてくれる。
出会った時、告白した時、初めてデートした時、その全てを教えてくれる。
…僕はこの病にかかってよかったことを喜ぶとは思わなかった。
君と何度でも新しい恋を始められるこの今に幸せを感じている。
君がそばにいてくれて本当に嬉しく思う。
僕はこれから先、君への思いが死んでは何度も生まれていく。

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