嫌いなんて言えない (後編)

副題
泣き出しそうな相手のほっぺをぷにぷにとほぐして、
何度も可愛いと囁きました

話は主人公が恋に落ちるところから始まる。
主人公は貴族の出自でありながら広場でただひたすら絵を描く売れない画家に恋をする。
この画家というのが私の役だ。
画家はとことん自分に自信が無い。
自分の美貌にも画家としての才能も。
誰にも愛される事を望んでおらず、ただひたすら目の前の事にだけ集中して自分を表現する事だけで幸せを感じているという女性。

そしてそんな女性に恋に落ちる主人公は何にでも果敢に立ち向かう好青年、まさに主人公といった男だった。
同じ学年でこういう役が似合いそうなのは部長になるんだ!と息巻いてる新人の中でも演技の上手いあの子だろう。
読めば読むほどあの子の性格や顔立ちなどが分かりやすいぐらい出てきている。

私はさらに物語を読み進める。
好青年は女の子の美貌に惚れ込みあの手この手で自分の事を好きになってもらうように努力をする。
時にはお金で、時には人望で、時には自分の振る舞いで。
でも女性は全くなびかない。
女性は生まれてこの方恋愛をした事がない。
いや出来ない心を持っていた。
その分を目の前の絵に情熱を込める。
自分に無いものを投影して満たされることに喜びを感じる。
自分にも欠片でしかなく自分がそれになることは出来ずとも、そういった心があるのだと示す為に。
主人公はヒロインと過ごす日々から、彼女のその秘めた心を感じ取り、その素晴らしい絵の数々に心を揺り動かされ、それならばと宮廷画家として女性を選ぶ。
私だけの物になって欲しいとは言わず、あなたの素晴らしい才能を他の人に知ってもらうために。せめてこの恋心が叶わぬとしてもこの才能を後世に残すために。

…なぜここまで表現できたのかと驚愕する。
自分の事を見目麗しいなどとは思わないが私の内面そのものだった。
私は今まで恋をしたことがない。
憧れることはあっても自分がそうなる未来が見えない。
まだ十数年しか生きてない身分だし、いつかは変わりゆくかもしれない。
だからこそ絵に打ち込み自分の心の欠片を美しく表現出来ないかと思い続けている。
今の私の心を細やかに表現している。
これは確かに自分そのもので自分が演じるべきなんだろう。
…でもそれとこれとは別で舞台にあがるなんて事はしたくない。
目立っても特にいい事無いのは昔からの経験で知っている。
矢面に立たされて嫌な思いをするのが関の山だ。
そんな思いは二度としたくないんだ。


…翌日
「したくないです。表に出るのは嫌です。」
「むぅ!やはり君は強情だなぁ!一筋縄でいかないのは分かってはいたがどうしたものか。
……そうだ!!!コソコソッ…ではちょっとした報酬を上げよう…この前君、限定公開の美術館のチケット外してたって嘆いてたよね?実はここにそのチケットがなぜかあるんだよねー?どうしようかなー?」
「!?なんでそれを!?倍率高いチケットだったのに!…ぐぐっ!それを引き換えにとでも言うのですか…?」
「いやいや!!そんなことは言わないよ!だってそれじゃあ僕が君を特別待遇で舞台に載せたみたいに見えるじゃないか!そんなことはしないよ!でも劇が終わったらいつの間にか君のポストに投函されてるかも知れないね!」
「…はぁ…分かりましたよ。」
「よしっ!それじゃあ早速劇 の練習に行こうか!」
……この人には何やっても勝てない気がする。

私は渋々ながらも演劇を始めた。
しかしどんどん日にちが経つにつれ公開や不安が芽を出す。
本当に無事に見せられるのか。
今でも色んな人に見られてやってる状態でも緊張していて上手く喋る事も動く事もままならないのに。
もっと大勢な人間の前で見せることが出来るのか。
雪だるま式にどんどん不安は積もっていく。
そしてそんな不安を払拭することが出来ずに積もり積もった物はとうとう爆発した。


「なんで私をヒロインにしたんですか。」
想子先輩を問いただした。
「それは面白s」
「そんな答えは望んでないです。ハッキリ言って下さらないと舞台には出ません」
「えー!チケットはいいの?」
「今となっては要りません。ここまで怖いものだと思わなかった…不安で今にも押しつぶされそうなんです。」
「…ふむ。君は本当に不器用だねぇ。練習を重ねたら皆知ると思ったのに君は本当に意固地だ。」
「どういう事です?」
「君は自分に自信がなさすぎる。せっかく君には色んな才能があるのにそれを埋もれっぱなしにするのはもったいない。」
「そんなこと…」
「あるよ!君は何があったか分からないけど自分を過小評価し過ぎだ。一体何が君をそんなふうに変えたんだい?」
「…それは」
私は小学生の頃に容姿で虐められた。
大きい目がぎょろぎょろしてて気持ち悪いなど、細すぎて骸骨みたいだとか散々言われたのが原因である。
今となっては自分の容姿を何ひとつ認めることができなくなった。
そして人前で笑われてしまうのではという恐怖に晒された。
私は昔を思い出し僅かに涙ぐむ。
「小学生でよくある自分と違うところをとにかく気に入らなくて虐めるやつか。よくあること。でもそれが君の楔となって先に進めなくなってしまったんだな。辛かったろうに。」
「先輩?」
「君がその楔を取り払うのは大変だろう。幼少に負った傷というのは心の奥深くに刻み込まれる。私が今適当なことを言っても響かないだろう。ならば!」
先輩は突然泣き出しそうな私のほっぺをぷにぷにとほぐした。
「ふぇんぱい。ほふへんなにほ。」
「君はとても可愛い君が心からそう思える迄いくらでも可愛いと呟く。そのクリっとした目も、可愛らしい鼻筋も、もちもちとしたほっぺも、スラッとした可憐な花を思わせる身体も全てが可愛い。」
私は手をおしのけ顔を真っ赤にして頬をさする
「な、何を言い出すんです!?」
「君のその楔を少しでも柔らかくするために今度からいくらでも言うよ君は可愛い。自信を持てと。君が強くなれるまで。絶対に諦めない。」
「どうしてそこまで。」
「だって自分を表現するのに絵を書くだけだなんて勿体なくないかい?君にはもっと色んな方法で自分を表現できる術を持っているのに。別のものを演じて一瞬だけ恋心を知れる自分さえも!」
「…私にそんな価値があるのでしょうか」
「ある!絶対に!」

…なぜ少しでも信じてみたいと思ったのか。
この人の言葉はなぜこうも私に響くのだろう。
態度からなのか。それとも言葉の選び方なのか。
積もり積もった不安が雪解けの様に消えてゆく。

「…わかりました。その代わり先輩にお願いがあります。」
「なんだい?」
「公演の日まで私に言葉をください。幼少の頃言われた嫌な言葉を打ち消せれるような量を。沢山囁いてください。」
「君がそれで1つステップを進めれるならいくらでも。喜んで。」

それからは練習が終わる度に想子先輩から私のいい所を囁いてもらった。
私の冷たい心がどんどん溶けてゆく。
そしてそれが進むにつれ新しい自分の表現をほんの少しだけだが楽しめてきた。
絵のように色合いや濃淡で自分の心を演じるように体の動きで、声で表現する事に楽しみを覚えた。
まるで自分が絵になった感覚。
自分というキャンパスを彩る作業。
そしてその自分の傑作をどんどん色んな人に見てもらいたくなる。
私はどんどん演劇にのめり込んでいく。

結果的には公演は無事に終了した。
結果は大好評。
部長や先生にも沢山褒めていただけた。
公演終了後に想子先輩は私に言葉をかけた。
「どうだった?舞台に上がるのは嫌いかい?」
…嫌いなんて言えるわけが無い。
ここまで私を巻き込んだ癖に。
演じる素晴らしさを説いて教えた癖に。
意地の悪い先輩だ。
「またやりたいです。絶対に!」


…それからは絵に舞台に世界が広がり楽しい生活を私は送る。
こういう世界に引っ張りあげでくれた先輩に羨望と、ちょっとした淡い恋心を抱きながら。

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