遊廓専門書店のオヤジになるということ

「カストリ書房に行ったことのある知り合いが『店主がつっけんどんに見えた』って言ってましたよ〜」

私は遊廓専門書店カストリ書房を経営すなわち〝書店のオヤジ〟をしているのですが、遊廓というテーマを通じて今は親しくさせて貰っている友人にこう伝えられたことがあります。「もしかしたら、その人に不愉快な思いをさせてないかな〜…」と心配すると同時に、書店のオヤジがどうあるべきか?について日々考えを巡らしている私としては、自分が他人からどう見えているのか教えてもらい、かえってありがたく感じました。友人は忠告の意味も兼ねて教えてくれたのかも知れません。(人間、叱って貰えるうちが花ですね)

メディアから取材を受けると、遊廓専門書店と名乗るためか「マニアが集う場所」との前提で質問されることも多いのですが、実際にはビギナーと呼ぶに相応しい方が多く来店します。体感的には95%くらいが遊廓に興味を持ちたてのビギナー、残り5%未満が愛好者、研究者、マンガなどの創作活動をしている人などモチベーションや知識レベルの高い人といった割合でしょうか。

趣味であれ勉強であれ、切磋琢磨して高め合っていける仲間と共有できる場を持つのは素晴らしいことです。カストリ書房がそうした場を提供できるとすれば勿論素晴らしいのですが、意識的にその方向性を目指しているかというと、全くそうではありません。結論的に言えば、カストリ書房はビギナーさんを疎かにせず大切にしたいのです。

思い返してみれば、遊廓に限らず、例えば映画でもレコード(CD)でも何でも良いのですが、マニアが集う空間は、ビニナーにとっては同時に〝壁〟すなわち排他性を強く覚える空間でした。和気藹々としたムードも、その輪にいない人にとっては、どこか孤独感を覚えるものです。もちろんそれは私が表面的な印象から抱いた勝手な憶測で、懐の広い人々が集まっていたのかもしれませんが、受けた印象という点では違いありません。

加えて、私の若い頃こうした同好の士が集う店(自分がマニア側にいる店)に顔を出すと、長々と何も買わずに居座ったり、わきまえずに馴れ馴れしくしたり、その場に居合わせたビギナーに優しくできなかったりした記憶があります。店員さんや店主はそのジャンルを愛するゆえに、私の態度を許してくれていたのだと、売る側になってようやく気がつきました。

カストリ書房を吉原遊廓跡に開店させた2016年当時、私は書店員経験どころか接客業経験もなかったので、どのような態度で接するべきか掴みかねていました。開店当初は当然にモチベーションの高い人すなわちマニアな方が真っ先に訪れてくれたので、遊廓にまつわる四方山話にも花が咲きました。あの建物は見応えがある、実はここにも残っている云々。これは私にとってもかけがえのない思い出で、こうした機会を通じて今も友人づきあいをさせて貰っています。中には一緒にお仕事をする付き合いにまで発展しています。

一方で、マニアの一部が暴走することもありました。

  1. 自分の荷物をコインロッカー代わりに預けて外出しようとする人

  2. 断りなくコスプレ撮影場として撮影する人

  3. 未購入の本を手に取って、来店の記念撮影する人

  4. 窓ガラスにボールペンでメッセージを残していく人(ちょっと意味不明かと思いますが、この通りの行為です)

  5. 本の表紙を写メやメモして帰る人(これは本当に多いのです)

  6. 店内で飲食しようとする人

などなど…。本当に他愛のないことで、当人は悪意など毛頭ないに違いありません。が、誰が店の雰囲気が乱すのか?といった問題などよりも、私が場をコントロールできていない事実が問題であって、その場に居合わせたお客さんや、折々に応援してきて下さった方に失礼だと考えました。3や5などは、著者や出版社にも失礼です。おぼつかない私の接客も、失敗を経て、自分なりに試行錯誤を重ねてきました。

〝壁〟に話を戻すと、ジャンルを繁栄させる方法はこれだ!などと断言する知見は私にはありませんが、逆に衰退する理由ははっきり理解していて、古参が悪い意味で古参しぐさをしてビギナーが参入しなくなることです。ですので、こうした〝壁〟をつくらないために、来店する方とは先方が求めない限り常にフラットに、必要以上に馴れ馴れしく接しないよう努めています。もちろん何かお訊ねがあれば、「欲しい本」探しよりも「何故そのテーマを知りたいのか?」といった動機に答えられる本探しをお手伝いするよう努めています。常備配架していないような稀覯本は、公共図書館や大学図書館などの所蔵先をお伝えしたりもしています。仕事を離れて四方山話を楽しませて貰う機会も多くありますが、あくまでも書店は仕事の場であること、一期一会の場であることを忘れないように努めています。(などと大見得を切っておいて、仕事中にYouTubeを観ている姿を目撃されたら酷く格好悪いですが)

それらの結果の一つが冒頭の感想で、おそらくその方はもっと和気藹々あるいは反対に侃侃諤諤としたムードを期待してのかもしれません。お客さんが思い思いに弊店をレビューして、そのレビューがどうであれ抗弁はありませんが、一方でビギナーを歓迎したい、そのやり方として今がある、そしてそのやり方も一定ではなく漸進的にであれ改善していきたい、という私の想いが変わることもありません。

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