マガジンのカバー画像

音楽の杜がおススメする70年代洋楽

365
人生の大半を音楽に注いできた「音楽の杜」がおススメする洋楽アルバム集
運営しているクリエイター

2022年3月の記事一覧

Antonio Carlos Jobim「Tide」(1970)

Jobim Meets Deodato ! 通勤時間が長かった頃、車中のBGMにはボサノバを好んで聴いていた時期があります(ちなみにネット放送局を自由に聴ける現在は、SmoothJazz.com.pl Radioを好んで聴いております)。 その時の愛聴盤はアントニオ・カルロス・ジョビン。特に彼の4枚目の「Wave」と6枚目の本作はよく聴きました。 アントニオ・カルロス・ジョビンについては何の説明も要らないでしょう。ボサノバの音楽の立役者であり、ボサノバの名曲の殆どは彼が作曲

Davy Jones「Davy Jones」(1971)

60年代に活躍したモンキーズが、日本でリバイバルブームが巻き起こったのが1980年。その頃、モンキーズを知った私は、すぐに彼等のオリジナルアルバム(LP)を買い揃え、今回ご紹介するメンバーのディビー・ジョーンズのソロアルバムもその一環で購入。素晴らしいポップス集にすぐに私の愛聴盤となりました。 そのディビーももう亡くなられて10年が経つんですね。既にモンキーズはピーターもマイクも亡くなり、ミッキー・ドレンツ一人となってしまいました。モンキーズやメンバーのソロアルバムは、結構

Al Kooper「New York City (You're A Woman)」(1971)

アル・クーパーって、どうも捉えどころのない方です。BS&Tを結成し、素晴らしいアルバムを発表したと思ったら、すぐに脱退し、マイク・ブルームフィールド、スティーヴン・スティルスと「Super Session」を発表したり…。その音楽は理解不能なところもあったりして。 ですからアルに対する評価、興味はかなり分かれるのではないでしょうか。というかかなり玄人好みなアーチストなので、好きな人ってかなり少ないんじゃないでしょうかね(苦笑)。私自身も「奇人」アルに対しては、どうもとっつきに

Eric Justin Kaz「If You're Lonely」(1972)

11年前、私は名古屋に単身赴任中でしたが、その名古屋でも眩暈を催すほどの揺れを感じました。翌日の始発で東京へ戻りましたが、朝6時半の東京駅は帰宅難民でごった返している信じられない光景が広がってました。 その直後は音楽もあまり聴く気になれなかったのですが、そんな中でも鼓舞するために平松愛理「美し都」をよく聴いてましたね。 さて、今回はエリック・カズ。知っている方は殆ど居られないかも。今日はじっくり染みる音楽を。 昔の雑誌「レコードコレクターズ」のシンガー・ソングライター特

Ry Cooder「Into The Purple Valley」(1972)

ルーツ・オブ・ミュージック、ライ・クーダーのご機嫌なセカンド ワーナー・ブラザーズの本拠地の地名にちなんで60~70年代前半のワーナー系の音楽をバーバンク・サウンドと称してますが、その代表格といえばハーパーズ・ビザールですね。ソフトロックとして、またテッド・テンプルマンが在籍していたことでも知られる素晴らしいグループです。 そのハーパーズは、ルーツ・オブ・ポップス、つまり昔の映画音楽をポップス仕立てにすることを得意としてましたが、このライ・クーダーも「グッドオールド・ミュージ

Led Zeppelin「Houses of the Holy」(1973)

レッド・ツェッペリン、5枚目のアルバム。邦題「聖なる館」。私の中では地味な印象のアルバムでした。何といってもその前に発表されている4枚のアルバムがロックしていてカッコ良すぎたので…。 本作は賛否両論あるアルバムなのですが、この歳になって改めてじっくり聴くと、様々な音楽に挑戦し、かつZEPらしさも失っていない素晴らしいアルバムであることが今更ながらに認識させられました。 ストレートなロックの①「The Song Remains the Same」。 従来のZEPロックを踏襲

Eric Clapton「461 Ocean Boulevard」(1974)

程よくレイドバックしたECカムバック作 1970年代前半、エリック・クラプトンは薬物依存症に陥ってしまいます。 盟友ジミ・ヘンドリックス、デュアン・オールマン等の死、そして親友ジョージ・ハリスンの夫人であるパティとの不倫・・・。様々な出来事が重なりました。そしてクラプトンは1971年、バングラディシュ・コンサートを最後に一線から退いてしまうのです。 そして1973年1月、ピート・タウンゼントの呼びかけで開催されたレインボー・コンサートでクラプトンは復活しました。 クラプトン

Pilot「From the Album of the Same Name」(1974)

私が洋楽を聞き始めた頃、AMラジオが重要な情報源でした。ラジオ関東(現ラジオ日本)では土曜日深夜、全米トップ40→全英トップ20→全日本ポップス(?)と、洋楽マニアには必聴の番組を放送してました。 私の目当てはAM3:00放送の八木誠氏がDJを務める「全日本ポップス(?)」(番組名は忘れてしまった)。この番組では毎週モンキーズや他の洋楽ポップスを放送しており、モンキーズ以外では、パイロットの「Magic」が強烈に印象に残ってます。ビートルズのポール・マッカートニー的なメロデ

Blue Magic「Blue Magic」(1974)

実は個人的には70年代のソウルミュージックが大好きです。特にフィリー系は堪りませんね。お気に入りはスピナーズなんですが、ブルーマジックも大好き。 本作は10年くらい前、ワーナーの「ATLANTIC R&B BEST COLLECTION 1000」シリーズにブルーマジックがラインアップされた際に購入。その素晴らしい内容に感激したものです(このジャケットも名盤らしい佇まいで、素晴らしい)。 このアルバムの何が素晴らしいのか。それはもちろんテッド・ミルズのスウィートでドリーミー

Pilot「Morin Heights」(1976)

洋楽を聴き始めの頃、モンキーズの素敵な楽曲と共に、パイロットの「マジック」が大好きで、ラジオでエアチェックしたテープを繰り返し聴いておりました。当時はパイロットのLPも廃盤だったような記憶があります。今はYouTubeで演奏しているアーチストもチェック出来るし、サブスクでもいろいろ音源をチェック出来る時代なので、便利になったものです。 もともとパイロットはデヴィッド・ペイトンとビリー・ライオール(本名:ウィリアム・ライオール)の出会いからスタートしたバンドで、この二人がメイ

John Valenti「Anything You Want」(1976)

白いスティーヴィーと云われたAORの名盤ジョン・ヴァレンティ、もともとはモータウンの白人バンド、パズルのドラマーであった人物。その声はスティーヴィー・ワンダーそっくりで、自身初のソロアルバムとなる本作では、そのソウルへの傾倒振りが窺い知れます。 2006年にようやくCD化が実現された幻の名盤。随所に最良なソウルポップが聴けます。またこのジャケットもいいですね~。 なぜ本作がそれほどまでにCD化を熱望されていたのか? それは1曲目の「Anything You Want」をお

Manfred Mann's Earth Band「Roaring Silence」(1976)

知る人ぞ知る、マンフレッド・マンズ・アース・バンド。マンフレッド・マンは知っている人も多いでしょう。元々ジャズマンだったマンフレッド・マンがビートルズに影響されて結成されたビートポップスバンドで、60年代に多くのヒット曲を放ってますね。 その多くのヒット曲の中でも私は1968年の大ヒット曲「Mighty Quinn」(ボブ・ディラン作)が大好きです。 その後、1969年、マンフレッド・マンは本来やりたかったジャズ志向の音楽をやるべく、バンド名をマンフレッド・マン・チャプター

Leo Sayer「Thunder In My Heart」(1977)

先々週ジェフ・ポーカロの伝記の日本語訳版が発売され、すぐに購入しました。 ディスクユニオンが発売した「ジェフ・ポーカロ イッツ・アバウト・タイム」って本ですが、Amazonの書評は私が最初に評価しております(笑)。 よく考えたら、敬愛するジェフ・ポーカロがどういう環境で、どうやってドラムを覚え、スティーリー・ダンでのプレイをするまでの経緯、TOTO結成の経緯等々、あまりよく分かっていなかったことに今更ながら気付かされました。またこの本には、各ミュージシャンが如何に、人としての

Cecilio & Kapono「Night Music」(1977)

ハワイを代表するバンドのAORの名盤! カラパナと供にハワイを代表するバンド、セシリオ&カポノ。1973年に結成されたセシリオ・ロドリゲスとヘンリー・カポノ・カアイヘウの2人組で、彼らのどの作品もサーファーご用達の海風を誘う素晴らしい作品ですね。 本作はそんな彼らの素晴らしい作品群のなかでも、もっとも人気の高い作品。特にボズ・スギャックスの超名曲「We're All Alone」がカバーされていることから、AOR度が極めて高いアルバムです。 題名からするとムーディーな音楽