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音楽の杜がおススメする70年代洋楽

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人生の大半を音楽に注いできた「音楽の杜」がおススメする洋楽アルバム集
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記事一覧

Billy Joel「52nd Street」(1978)

70年代後半のビリー・ジョエルはカッコ良かった。なんとなくニューヨークの香りがするようなロック、バラードもセンスあるし、「Glass Houses」あたりまでのアルバムはどれも素晴らしいですね(実はリアルタイムに聴いたビリーのアルバムは「The Nylon Curtain」からなんですが…)。 個人的にはこのビリー・ジョエルのサウンドを支えていたのがリバティ・デヴィートのドラムだと思ってます。 ご存じのようにビリー・ジョエルとビリー・ジョエル・バンドの関係は後に不仲となり、

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Billy Joel 「Piano Man」 (1973)

ビリー・ジョエルといえば70年代以降に大成功したシンガーソングライターとして有名だし、「Stranger」に代表されるようなニューヨーク・サウンド(というような音楽ジャンルはありませんが)のイメージが強烈ですが、今回ご紹介するのは、そのビリーの成功前夜のアルバムです。 ビリーは1971年にアルバム「Cold Spring Harbor」でデビューを果たしますが、これが全く鳴かず飛ばず。またこのアルバムはビリーの声を加工するため、勝手に録音テープの回転速度を若干上げた形で発表

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Felix Cavaliere「Destiny」(1975)

昨日ご紹介したAWBに限らず、ブルーアイドソウル系って素晴らしいアーチストが多いんですよね。 60年代後半を中心に活躍していたラスカルズは、ここでもご紹介していますが、このバンドのリーダーでもあるフェリックス・キャバリエ、彼は実に味のあるヴォーカリストで、彼こそが元祖ブルー・アイド・ソウル・シンガーだと思ってます。 その彼が1975年にバジー・フェイトン、スティーヴ・カーン、ウィル・リー、マイケル・ブレッカー、デヴィッド・サンボーン、ジョー・ファレル等を従え、発表したアルバム

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Average White Band「AWB」(1974)

GW明けから2週間、ようやく精神的にも日常モードに戻ってきました。ルーティン作業というのは大事ですね~。 さて、最近ちょくちょく聴いていたのがアヴェレイジ・ホワイト・バンド(以下AWB)の誉れ高き名盤のセカンド。過去にこの後のサード「Cut The Cake」は別ブログで紹介済ですが、ファンク&メロウ指数は本作が一番高いと感じてまして、既にこの時点でAWSサウンドが完成されていたことがよく分かります。 AWSは英国のバンドですが、本作で米国に活動の場を移します。ジェームス

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Jimi Hendrix 「Band Of Gypsys」(1970)

さてさて、今回は皆大好きなジミヘンです。 ジミ・ヘンドリックスが生前、1967年から1970年までに公式に残したアルバムは僅か4枚のみ。そして今回ご紹介する「Band Of Gypsys」がその最後のアルバムです。 私はこのアルバムタイトルから、てっきりスタジオ録音のアルバムかと思っていたのですが、実はライヴアルバムだったんですね。つい最近、ようやく本作を聴くに至った訳ですが、ライヴアルバムとはいえ、全曲が新曲であり、新生ジミヘンのサウンドでした。とてもカッコいい、素晴らしい

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Led Zeppelin「Led Zeppelin IV」(1971)

ZEPの、いやハードロック界の屈指の誉れ高き名盤としてあまりにも有名なアルバム。 実はこのアルバム、タイトルがありません。敢えて申せば、メンバーそれぞれのシンボルを載せてます。ジャケットにはメンバーさえ映っておらず、アトランティック・レコードも戸惑ったようです。一般的には「Led Zeppelin IV」「Four Symbols」「Untitles」等と呼ばれてますね。 「Led Zeppelin Ⅲ」での様々な反応より、ZEPは用意周到に本作を制作しました。そして「これ

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The Doors 「Morrison Hotel」 (1970)

ドアーズが結構好きだったりします。60年代後期から活躍したグループですが、ヴォーカルのジム・モリソンが若くして亡くなってしまったので、ジム在籍時の彼らのオリジナルアルバムはたったの6枚しか存在しません。 世間一般的にはデビューアルバム「The Doors」、セカンド「Strange Days」がドアーズの傑作作品と云われてますが、実は今回ご紹介する5枚目の「モリソン・ホテル」も相当な名盤だと思ってます。 ジムは、1969年3月1日にマイアミで行われたライブでの行為が原因で、

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Antonio Carlos Jobim「Tide」(1970)

Jobim Meets Deodato ! 通勤時間が長かった頃、車中のBGMにはボサノバを好んで聴いていた時期があります(ちなみにネット放送局を自由に聴ける現在は、SmoothJazz.com.pl Radioを好んで聴いております)。 その時の愛聴盤はアントニオ・カルロス・ジョビン。特に彼の4枚目の「Wave」と6枚目の本作はよく聴きました。 アントニオ・カルロス・ジョビンについては何の説明も要らないでしょう。ボサノバの音楽の立役者であり、ボサノバの名曲の殆どは彼が作曲

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Dave Mason 「Alone Together」 (1970)

サイケデリックな音楽が真っ盛りであった60年代後半のロック。そんな中、スワンプロックが盛り上がってきます。このムーブメントの中心人物がデラニー&ボニー。そしてこのムーブメントが勃興する以前、1967年の春頃、デイヴ・メイスンはLA訪問時、グラム・パーソンズの紹介でデラニー&ボニーと会います。1967年というとデイヴはトラフィック結成間際の頃。でも結局はスワンプへの憧憬は捨て切れなかったのか、デイヴは1969年、トラフィック脱退後に渡米し、デラニー&ボニー等の協力の下、ファース

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Area Code 615「Trip In The Country」(1970)

私の洋楽との出会いはモンキーズがキッカケ。再放送で放映していたモンキーズ・ショーを見て、そこで演奏される数々の音楽に惹かれたのでした。 メンバーの中でとくに大好きだったのが先日亡くならたマイク・ネスミス。モンキーズの楽曲で一番好きな楽曲は…というと、多くの方が「Daydream Believer」や「I'm A believer」を挙げると思うのですが、私はマイク作の「Listen To The Band」や「Good Clean Fun」なんかが大好き。 その2曲、実はナッ

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Michael Nesmith「Magnetic South」(1970)

モンキーズのマイク・ネスミスの訃報に接し、多くの方はモンキーズのマイクは知っていても、彼のソロ作品の存在まではあまりご存じないと思われます。彼の素晴らしい作品を継承していくことが、ファンであった私の使命でもありますので、彼の最初のソロ作品をご紹介致します。 1969年、ピーター・トークが脱退し、既に死に体であったモンキーズは3人組としてアルバムを発表します。それが「Present」です。詳細はリンク先のこのアルバムの紹介記事をご参照頂くも、実質はマイクが音楽的なイニシアティ

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Neil Young「After The Gold Rush」(1970)

以前NHK-BS2にて、ニール・ヤングの1978年のライブが放送されてました。それを見ていたらニールの初期名作を聴きたくなり、本作をついつい聴いております。 ニールがほんのちょっと在籍していたCSN&Yは大好きで、よく「デジャ・ヴ」を聴いてます。ただしここではグラハム・ナッシュやスティーヴン・スティルスの楽曲が大好きで、私のニールの印象は、ちょっととっつきにくい偏屈おやじというイメージでした。ただ彼のヴォーカル、ギター等は一発で彼と分かるほど個性的ですね。 そんなニールが

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Led Zeppelin「Ⅲ」(1970)

ZEPのサードアルバムは、ある意味で問題作というか・・・、見直すべく名盤かと思います。あのフォーキーな、CSN&Y?と思わず突っ込みたくなるアルバムですが、私もコレを初めて聴いた中学生の頃は、正直トップの「移民の歌」しか惹かれませんでした。 ファーストでブルース、セカンドで新時代のハードロックを展開していったZEPは、この3作目で、特にB面におけるブリティッシュ・フォークにおいて、大いにファンを困惑させてくれました。 先にB面をご紹介しておきますと⑥「Gallows Po

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Crosby, Stills, Nash & Young「Deja Vu」(1970)

ウエストコーストロック史に残る、美しくもあり緊張感漲る超名盤Crosby, Stills, Nash & Young、略してCSN&Yは超個性派スーパーグループなのです。 もともとは1968年6月にデヴィッド・クロスビー(元バース)とスティーヴン・スティルス(元バッファロー・スプリングフィールド)が、ママス&パパスのキャス・エリオットの自宅へ遊びに来ていたところにグラハム・ナッシュ(元ホリーズ)が合流し、たまたま3人で歌ったところ、素晴らしいハーモニーで意気投合し、CS&N

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