ホラ吹きK君のこと。

もういまから25年ほど前のことになるが、ぼくにはK君という友だちがいた。
「いた」と過去形にしたのは、残念ながら彼とは15年ばかり連絡がとれていないからだ。
ぼくは彼の連絡先を知らないし、彼もぼくのいまの連絡先を知らないだろう。
SNSなどという便利なものができる前に、ぼくらは音信不通になってしまったのだ。
もっとも、彼をSNSで探してみようとは思わない。
いまはいったいどんな名前を使っているかもわからないし…

そう、彼は病的なレベルの「うそつき」だった。
当時、ぼくたちは東京でとあるパフォーミング・アーツのカンパニー(劇団、とはあまりいいたくない)に所属していて、週に5日は顔をあわせていた。
そのカンパニーは当時、麻布・一の橋に立派な稽古場兼アトリエを構えていて、ときにはぼくたちはそこに泊まりこむこともあった。
一緒に多くの時間を過ごすうちに、彼が出身地や経歴でだいぶウソをついているんだろうな~、というのがぼくにはなんとなくわかってきた。
自称・大阪出身の彼がしゃべる大阪弁はどう聞いてもネイティブのものではなく、「ボクサーを目指していた」とか「ミュージシャンを目指していた」といった話も、あまり真実味がなかったからだ。

しかし、ぼくはそんな彼がきらいではなかった。
彼がつくウソは罪のないものだったし、演劇やら役者やらに片足を突っ込んでいるようなやつは、自分の経歴を大なり小なり「盛って」話すのが当時は当たり前だと思っていたから(おかげでいまはそういうのが恥ずかしくてたまらなくなってしまったが)。
それになにより彼には愛嬌があって、一緒にバカ話をして酒を飲む相手としては最高だったのだ。

ところで、彼はかなりの二枚目だったのだが、その性格のややこしさやプライドの高さから、異性(つまり女優さん)とは敵対してしまうことが多かったように思う。
その反面、同性からは「しょうがないやつだなあ笑」という感じで結構好かれていた。

そんな彼の虚言がエスカレートしはじめたのは、彼が演劇を辞めてからだ。
先ほども書いたように、彼は背が高く、足が長く、かなりの二枚目だったので、いろいろな劇団のオーディションを受けると合格することも多かった。
これはホントみたいだ。
しかし、どこの劇団に入っても長続きしない。
プライドの高さが災いして、せっかく入った劇団をすぐに飛びだしてしまう。
そんなことをくりかえすうちに、彼はだんだん舞台の世界から遠ざかっていった。

そして、彼は突拍子もないウソをついて、ぼくやほかの友だちをふりまわすようになった。彼が名乗っていた名前が、偽名(芸名?)だとわかったのもこのころだ。
ある日突然、彼は「じつはこっちが本名なんだ」といって、別の名前をぼくに教えたが、それさえ本名かどうかあやしい。
さらに「彼女が国家権力に拉致された」というウソを聞かされたときには、ぼくらは無事を確かめるためにその当の彼女に連絡をとるハメになったのだが、彼女はすこし前に彼が「おれの妹だよ」といってぼくらに紹介した人だった(もちろん国家権力に拉致などされていなかった)。

また別の日、彼は「彼女と一緒に自殺未遂をした」といって電話でぼくを呼びだした。
彼女は睡眠薬を大量に飲み、自分はナイフで腹を刺して重体だと。
「また、ウソなんだろうな」と思いながらも、ぼくが彼の住むマンションに駆けつけたのは、彼のなんだかわからない切実さを電話から感じとったからだ。
電話での息も絶えだえといった調子は演技くさかったとしても。

結論からいうと、彼は腹など刺しちゃいなかった。
たぶん、彼女も(その場にはいなかったが)睡眠薬など飲んではいないだろう。
彼は「彼女が睡眠薬をひとビン飲んだ」と電話でいっていたが、15年まえだって、ビン入りの睡眠薬なんて、マンガか映画でしかお目にかかれなかった。
ぼくが彼の住んでいたマンションにつくと、彼は酒を飲んでいて、やたらとぼくにからんできた。
ぼくはそんな彼に腹をたて、ついに「おまえのいってることはどれがいったい本当なんだ。おれはもう信用できないよ」といって、「じゃあな」と彼の部屋を出た。
それ以来、彼とは連絡がつかなくなった。
電話をしてもつながらないし、しまいには着信拒否にされたらしい。

いまなら彼は、ナントカ性人格障害とか診断されるのかもしれない。
しかし15年前、時代はもうすこしおおらかで、彼は単なる「ホラ吹き野郎」で済んでいて、みんなそんな彼を受け入れていたのだ。
しかしそんな彼のウソもだんだんつじつまがあわなくなってきて、彼自身が自分のついたウソに追いこまれていった。
これには世の中の変化も関係している、のかな?

彼のことを知っている友人たちは、この文章を読めばたちどころに誰のことを書いているかわかるだろう。それでも彼の名誉のために、イニシャルは変えてある。

おーい、Kよ、元気にしてるかい?
おまえのウソなんか、おれは気にしちゃいないんだよ。
元気だったら、たまには飲もうぜ~

彼のほがらかなウソぐらい、いつでも笑って許せる人間でありたい。
実害がない限りね。

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