「完敗」の味を知った青山学院大~全日本大学駅伝を振り返る~
さまざまな記事に目を通す限り、「敗軍の将」青山学院大・原晋監督の表情や話しぶりはさっぱりしていたという。それだけ駒澤大の力が圧倒的であり、力負けだったことを認めざるを得ないということだろう。
(ヘッダー画像は 月陸オンライン 青学大は3位「駅伝界の新時代幕開け」原監督は箱根で巻き返しに自信/全日本大学駅伝 2022年11月6日 より)
目片の飛び出し、初出走組の「誤算」
レースは意外な展開で始まった。10月の出雲駅伝に続いて1区(9.5㌔)を任された目片将大④はスタート直後に集団から飛び出した。最初の1㌔は2分41秒。「勇気ありますね」(テレビ朝日の中継内インタビュー)、「あんな走りは一切指示を出していないですから」(文化放送のレース後談話)と原監督も驚きを隠さなかった。
とはいえ、この飛び出しについては目片の独断か、実は原監督が裏で指示を出していたかで考えが分かれる部分だ。原監督はレース前はともかく、レース後は選手への「苦言」も含めて包み隠さず話す印象がある。私は他選手の力量や展開を読み、2区以降へどのような形でたすきをつなぐのが最善かなどを考慮した上での目片の独断だったのではと考えている。目片は後続をぐんぐんと引き離すと、最後は大東文化大のピーター・ワンジル②に区間賞を譲ったが、区間2位で流れを作った。
2区(11.1㌔)は3大駅伝初出走の白石光星②。今季の成長と好調を買われての起用だったが、思うようにペースが上がらず区間16位(33分32秒)の走りで順位を14位に落とした。それでも、3区(11.9㌔)の佐藤一世③が東海大・石原翔太郎③らと競り合いながら区間2位の走りで順位を3つ上げると、4区(11.8㌔)の横田俊吾④は6人抜きの区間2位と好走。チームを5位に押し上げた。ケガから復帰途上の5区(12.4㌔)岸本大紀④は創価大・嶋津雄大④との競り合いに敗れて1つ順位を下げたが、6区(12.8㌔)では今年の箱根駅伝9区区間新の中村唯翔④が区間3位とまずまずの走りで4位につけた。
7区(17.6㌔)ではエース近藤幸太郎④が輝きを放った。順天堂大・伊豫田達弥③と國學院大・平林清澄②にすぐに追いついたが、2人には目もくれない。視線の先にあるのは2分以上先を行く駒澤大・田澤廉④の背中だけだった。近藤は今夏の世界陸上にも出場した学生長距離界のエースを相手に一歩も引かない走り。終盤、ギアを上げた田澤に14秒差をつけられたものの、これまでの区間記録を大幅に更新する49分52秒で区間2位。「頼もしい」「凄い」以外の言葉が出てこなかった。
最終8区(19.7㌔)は3大駅伝初出走の主将・宮坂大器④。前を行く駒澤大を追ったが、終盤に失速。区間10位で1つ順位を落とし、4位の順天堂大にも1秒差まで迫られた。宮坂は「準備も調子も良かったが、ただただ経験と力不足」(本人インスタグラム)と振り返った。
示した「地力」
従来の大会記録を4分21秒上回る圧巻の大会新記録(5時間6分47秒)で3連覇を果たした駒澤大との差は3分58秒。文句なしの完敗だった。一方で、区間順位が2桁となり、順位を下げた2区と8区を除いた合計タイムでは駒澤大との差がわずか8秒だったという事実もある。
「ふつう、2区であれだけ沈んでしまったら、海底に潜ったままだよ(笑)。あそこから盛り返せたのは、青山学院の実力です」(冒頭の記事より)と原監督。3区以降は(併走する選手に恵まれた部分もあったが)常に追いかける展開で、ほとんどの選手が突っ込んだ走りをしていた。そうした点などを踏まえても、原監督の言葉通り地力があることを示したことに疑いはない。だからこそ「2区で食らいつき、先頭に近い位置でレースを進められていれば」――。そう考えてしまうのはファンの性だ。
今回のオーダーの意味
原監督はこれまでの出雲や全日本でも、レース前の記者対応で「優勝を狙う」と発言したことは何度もあった。しかし、いざオーダーを見てみると経験を積むことを重視したり主軸が外れていたりするケースもままあり、「リップサービスだな」と感じることも多かった。目の前のレースよりも、1月2,3日にいかにベストの状態を作るか――。私の目にはそう映っていた。
ところが、今回は「優勝を狙っている。その陣容もそろっている」「就任以来、初めてバッチリ(調子を)合わせることができた」と、いつにも増して手応えと自信を持っているように感じた。オーダーを見ても、エースの近藤に岸本、中村唯、横田、目片の4年生の主軸5人(+主将の宮坂)に加え、「駅伝男」の佐藤一を起用したことからも、決してリップサービスではなく本気で優勝を狙っていたことは想像に難くない(昨年もそれに近かったと思われるが…)。ということは経験面での不安があったとはいえ、現状は2区で白石、8区では宮坂を実力・コンディションとも上回る選手がいなかったということなのだろう。
駒澤大も1区円と4区山川は今回が3大駅伝デビュー戦。「新戦力」の数は青山学院大と変わらない。だが駒澤大はこの2人に加え、8人のメンバー全員がノーミスで伊勢路を駆け抜けた。これが今の実力…ということ以外に言えることはなさそうだ。2区に●●を入れておけば、8区は●●の方が、と言いたくなる気持ちも理解できる(私もついつい言ってしまう)が、これらはチーム側からすれば詭弁に過ぎない。
全日本大学駅伝の「2区」
とはいえ、2区の「いなし方」は青山学院大の明確な課題だ。現在の距離に変更された2018年以降の結果を改めて確認しても、特にここ3年は大きく苦しんでいる。
近藤はこれが3大駅伝デビュー戦だった。その他も岸本、中村唯と後に飛躍を遂げた選手が揃い、大きな期待を持って起用されていたであろうことが窺える。原監督も決して2区を軽視しているわけではないはずだ(相対的に重要度が落ちていた可能性は否めないが)。それ以降の選手層の厚さなども踏まえ、仮に遅れたとしても2区であれば取り返せると踏み、期待の選手を置いていた部分もあるのだと思う。
20、21年は巻き返すことができたが、今年は長年不在だった「大砲」級のエース近藤がいても巻き返しが効かなかった。原監督も「新時代の幕開け」と話していたが、今年の駒澤大のレース運びを見ていると、一度背負ってしまった大きな遅れを取り戻せる時代ではなくなってきているように感じる。駒澤大には田澤や佐藤といった大砲が複数そろっているのだから尚更だ。
2区に悩んでいるのは青山学院大だけではない。駒澤大も今年は佐藤が区間新記録(区間2位)の走りで流れをつないだが、昨年は青柿響が区間10位(区間賞の順天堂大・三浦龍司と1分5秒差。順位を6つ落とし、首位と45秒差の7位で通過)。20年は花尾が区間11位(区間賞の皇學館大・川瀬翔矢と55秒差。順位を6つ落とし、首位と45秒差の9位で通過)だった。19年に優勝した東海大の西川雄一朗も、当時の区間記録を更新しながら区間10位で順位を落としていた(首位と23秒差の6位で通過したので流れは悪くなかったが…)。
難しさを乗り越えるために
2区は直前までどんな位置でたすきを受け取るか、誰と併走するかなどの展開が読めず、走りながらレースを組み立てていく必要がある。加えて距離は10㌔程度ながら終盤にはアップダウンがあり、風の影響も受けやすいタフなコースで力の差が出やすい。どの区間にも難しさはあるが、レース全体の流れを左右するという意味でも非常に難しい区間であるだろう。
こうした難しさを各校の指揮官が考えた結果なのかは分からないが、今年の2区では面白い現象があった。区間順位の1~9位がそのまま通過順位とイコールになっていたのだ。これは各校が今まで以上に「1,2区で一つの区間」という考えでレースを組み立てていることの現れとも言えるのではないだろうか。
他校に目を向けると、2区には今年も順天堂大・三浦や駒澤大・佐藤ら圧倒的なスピードを持つ選手が投入されており、今後も数年はそうした流れが続きそうだ。青山学院大としても、本気で優勝を狙うのであれば、彼らのスピードに対抗できる選手(そんな選手が居れば苦労しない)やレースの流れを読むのがうまい選手、経験豊富でどんな展開でも落ち着いて走れる選手を起用した方が良いのではないだろうか。今年の白石に関しても、初出走で心に余裕を持てず、抜かれていくごとに冷静さを失い、また焦りが生まれてしまう…という悪循環だったのではないかとみている。順天堂大の三浦もある意味ではそうだが、どんな位置でたすきを受け取っても自分の走りに徹することができる選手が向いている区間なのかもしれない。
経験の有無も大きなポイントだ。高校時代、全国屈指の強豪校・学法石川(福島)で都大路を3年続けて走った横田をして、3大駅伝は「3回目の駅伝でようやく走っている時の心に余裕ができた気がする」(本人ツイッターより)。今や大エースに成長した近藤も、今年の箱根駅伝で9区区間新・金栗賞を獲得した中村唯も、3大駅伝で思うように走れなかった過去がある。特に白石はまだ2年生。今回の経験を糧に大きく飛躍してほしい。
「自律」と管理のバランス
ところで、白石の失速に関してはレース後の原監督の言葉の中に気になった部分があった。
このインタビューを読む限り、原監督はレース直前の調整は選手個々に委ねているという(今さら感はあるかもしれないが)。青山学院大、そして原監督のチームビルディングの基本でもある「自律」の考えのもとの判断なのであろう。だがここ最近、特に出雲と全日本では初出走選手が思うように走れないケースが多いように思われる。
もちろん起用している選手や数の違い、区間の特徴などさまざまな要素・要因があるとは思うが、箱根が初出走となった3選手は全員が区間5位以上と好走。一方、出雲は4人中3人が区間6位、全日本に関しても半数以上が力を出し切れていないことが見て取れる。
これは趣味でランニングをする程度の陸上未経験者で、関係者でもない私の推測でしかないが、シーズンの集大成となる箱根と違い、出雲や全日本は夏合宿の疲れやトラックからの移行など、箱根とは違った調整の難しさがあるのだろう。チームが軸に据える「自律」ももちろん大事だが、慣れない選手にはある程度、調整面で介入(支援)していくことも必要なのではないだろうか。もしくは選手自身が考えて(必要であれば支援をお願いをするなどの)行動をしないといけないのかもしれない。必要以上に自律を重視していることがミスにつながっているのであれば、防げる・改善できる部分もあるのではないのだろうか。選手に任せてミスが出てしまった際に、苦しい思いをするのは選手自身に他ならない(結果的にミスが大きな成長につながることもあるが)。
「王者」駒澤大にどう挑む?
出雲に続いて優勝を逃したが、収穫は少なくはなかったはずだ。思うような結果が残せなかった白石、宮坂の初出走組が3大駅伝の経験を得たのはもちろん、目片や横田、中村唯らは積極的に突っ込む攻めの走りを見せた。佐藤一も区間賞こそ譲ったものの東海大・石原に競り勝ち、岸本も調整途上ながら創価大・嶋津と競り合えるだけの状態にあることを示した。そして近藤は7区を49分台で走りきり、コース適性など考慮すべき点はあれど、駒澤大・田澤の背中がはっきりと見えてきた。以下のQ&Aからも、原監督が悔しさはもちろんだが、大きな手応えをつかんでいることも読み取れる。
「岸本、中村唯の2人を復路に配置できるくらいのめどが立った」ということは、裏を返せば原監督の頭の中では往路の平地区間を任せられる選手が少なくとも4人は居るということだ。ここまでの起用と結果を見る限り、エースの近藤、出雲と全日本でともに1区を好走した目片、全日本で主要区間を任された佐藤一、ここに安定感のある横田あたりが絡むのか。はたまた今年の箱根3区2位の太田が復調してきているのか。それとも他の選手が構想に入っているのか――。
原監督はスポーツライター・生島淳氏の取材に「残り2枠。ここからのレギュラー争いは激しいよ。私としては、部内の争いに勝って力を使い果たした選手ではなく、余力のある選手を見極めることが仕事になるでしょう」とも答えていたという(冒頭の記事参照)。脳裏にあるのは21年の箱根駅伝の苦い記憶だろうか。今後の宮古や世田谷ハーフ、MARCH対抗戦などのレースの結果、そして直前合宿の状態も踏まえ、誰がメンバーに食い込んでくるのか見守っていきたい。
今回の全日本ではミスはあったが、それがなくても「駒澤大に勝つのは難しいのではないか」と思わされるだけの力負けだった。距離が伸び、出走人数が増える箱根は、層の厚い青山学院大にとってプラスに働くことは間違いないが、現状は駒澤大が一歩先を行っているのではないかと感じている。箱根まで残り2カ月弱。「完敗」の味を知り、駒澤大の強さを目の当たりにした原監督はどのようにしてチームを作り、動かし、どのようにして駒澤大に食らいついていくのか。目が離せない日々が続きそうだ。