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韓国ミュージカル『ファンレター』の世界①

"박제가 되어 버린 천재를 아시오?"

剥製になってしまった天才を知っているか

李箱『翼』


日本統治時代を生きた天才たちの物語



韓国で大人気のミュージカル『ファンレター』が日本に上陸する。

しかしいざ発表がされると韓国からの批判的な、懐疑的な声が大きかった。


『ファンレター』とは一体どのような作品なのだろうか。




※ネタバレしかないです。

※引用は拙訳です。
 今回の日本公演でどのような表現がされるか
分かりません。

※当方狂ったレベルのファンレターオタクです。
ただただ作品の好きなとこ凄いとこを書きます。

ここに書く内容が
日本人全員の意見でもなければ
韓国人の代弁でもありません。
考察も正解ではありません。


このミュージカルに行く方や
このニュースを見て興味を持った人に
少しでも作品の魅力を知ってもらえたらと思い筆を取りました。


『ファンレター』の日本上演

日本上演が決まった時このような意見があった。


「この作品を日本人が理解できるのか。」


作品の舞台は1930年代、日本統治時代のソウル。
登場人物は主人公を除き、実在の作家たちがモデルになっている。故に歌詞や台詞は彼らの小説などを彷彿させるものが多い。

それらの作品は教科書にも掲載されるなど知名度が非常に高く日本で言うところの、

芥川龍之介「羅生門」
太宰治「走れメロス」
宮沢賢治「銀河鉄道の夜」

あたりだろうか。

韓国文学に精通していない日本人がただ訳された作品を見ても、作品に隠されたモチーフを感じる事は難しい。

日本で「昭和20年 夏」と言われてそれがただの夏ではないと分かるように、「2011年3月」と言われて何かを身構えるように、全てを説明しなくても理解できる歴史がどこの国にもある。


隠された作品の魅力と時代背景について日本の『ファンレター』オタクとして語ってみたい。

あらすじ

キャストは7人

セフン…ヘジンに憧れる作家志望の18歳

ヘジン…今をときめく人気作家

イユン…ヘジンの親友であり文学仲間

ヒカル…セフンのペンネーム。次第にセフンのもう一つの人格となっていく。

そして「七人会」のメンバー

 1930年代京城(現ソウル)
学校でも家でも孤立したセフンは憧れの作家キムヘジンに「ヒカル」というペンネームでファンレターを書く。ある日ヘジンから返事が来たことを機に家出をし、作家集団「七人会」の元で働くようになる。

「七人会」にはセフンの好きなヘジンもいた。一緒に働けることに喜んだのも束の間、どうやらヘジンはファンレターの相手「ヒカル」に恋をしているようだった。

ヒカルが自分であると言い出せないセフンは悩んだ結果、「ヒカル」として手紙を書き、その手紙を届ける自作自演を始める。

だが次第に「ヒカル」の行動はエスカレートを始めヘジンは翻弄されていく。

一方ヘジンの親友イユンはセフンがヒカルなのではないかと疑い始める……


あらすじだけを見ると、文豪たちとそこにやってきた孤独な1人の青年の物語だ。

時代背景を気にせずとも存分に楽しめる。
元ネタの文学を知らなくても十分に面白い。

それが余計に今回の問題提起に繋がったのだろう。


『死の賛美』と『SMOKE』

韓国に『死の賛美』と『SMOKE』という人気ミュージカル作品がある。
『ファンレター』と同じ日本統治時代、そして同じく実在した作家をモデルにしている。

『ファンレター』と直接の関係はないが、関連作品なので取り上げる。


まず『死の賛美』は2013年初演の韓国創作ミュージカルだ。 

主人公が最後に見た景色を描いた
印象的なポスター


歌手のシムドクと劇作家のウジンが恋に落ち、連絡船から2人で海へ飛び込み心中した。という実話に基づいた物語だ。

2018年にはイジョンソク、シンヘソンでドラマ化もされた(ミュージカル自体の映画化ではない。)

こちらもあらすじだけを切り取るとラブロマンスだが時代は1926年。日本統治時代だ。

『ファンレター』の冒頭部分、百貨店の屋上で新聞を読む人たちが噂話をするシーンに以下のような歌詞がでてくる。

세상에 이것 좀 봐.
なんと、これを見てみろ

이 두 사람, 동반자살을 했다는군
この2人心中したようだな

사랑의 도피를 한 거로군
愛の逃避をしたんだな

『ファンレター』より「遺稿集」


これは『死の賛美』を指していると考えられる。心中事件が1926年。ファンレター冒頭部分が1937年のため時系列に誤差はあるが、『ファンレター』のモチーフになっていることは以下のヒカルの台詞からもわかる。

우리는 같이 죽어갈 거야.
私たちは一緒に死んでいくの

그리고 네가 바란 거야.
そしてお前(※セフン)が望んだことでしょ

달콤한 끝을 만들어보자.
甘い最期を作ってみよう

사랑해서 죽은 두 사람!
愛し合い死んだ2人!

『ファンレター』より「鏡」


ウジンは時代に波に阻まれ自由に劇作活動をすることができなかった。
シムドクの歌は独立運動をする若者に多くの勇気を与えた。
愛し合ったものの幸せに結ばれることはなかった二人。

時代を象徴する恋愛が『ファンレター』にも投影されている。


一方『SMOKE』は詩人で小説家の李箱(イサン)の作品から着想を得たミュージカルだ。こちらも2016年から何度も再演され、日本公演も行われている。


「超」「海」「紅」の3人芝居。
李箱の詩「烏瞰図 詩第15号」からインスパイアを受け生まれた。

劇中李箱の作品から多くの引用がされ、3人の登場人物は李箱自身の内面の分身であると考えられる。


この李箱をモデルとした人物が『ファンレター』の中にもイユンとして登場する。
韓国では現代でも教科書やミュージカルと身近なところで李箱の存在感を感じられるのだ。(7月から東京で上演される韓国ミュージカル「ラフヘスト」も李箱とその時代を描いた作品だ。)


この二つの作品と『ファンレター』
韓国ではこの時代の人々がミュージカルの中でまだ鮮明に生きていることがわかる。


次の投稿で『ファンレター』に隠されたモチーフの文学作品とそれらが表す時代について少し細かく見ていく。


長い文章を読んでくださりありがとうございます!


海宝直人さん、浦井健治さんのファンの方はじめ日本のミュージカルファンの皆様が『ファンレター』という作品を存分に楽しめますように!!

③まで続きます。

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