長編小説「Rey」:第三回「未来を取り戻せ」

砂時計がひっくり返され、動くはずのない時間が動き出したとき、わたしの日常は粉々に崩壊する。その過程は、わたしも知らない。

いよいよ、外の世界に踏み出す時が近づいてきた。荷物をまとめ、この空間から脱出する方法を吟味する。白い壁紙の細部まで調査を進め、どうやったらここから脱出できるのかをその脳で考える。目的は単純だが、恐ろしく難しい作業だということは読者の皆さんにも容易に想像がつくだろう。

まず、今わたしが住んでいる部屋の構造を説明しておくと、ミニキッチン+バスルーム付きのワンルームである。一般的なものに比べて少し大きめの部屋に、ベッドやダイニングテーブル、本棚といった家具が備え付けられている。
外に出るためのドアや窓はない。食事の際に出るゴミがどうやって捨てられるのかはこの空間の最大の謎といってもいい。

こんなにも脱出が出来ない構造にするなんて、なんらかの陰謀が働いているとしか考えられない。わたしはそう考えた。ここを脱出するためには、無いはずのドアを見つけ、そこから「施設X」を誰にも見つからないように探索し、出口を探すこと。それしかない。わたしは、あらゆる可能性を思案した。もしかしたら、異次元の擬似空間なのかもしれない。人間を飼育するためのゲージ、様々な可能性が考えられるが、今はそんなことどうでもいい。外の世界に出るという覚悟を決めたわたしは、今日の夜、徹夜して何か変化がないか調べてみることにした。

いつもと同じように夕食を食べ、歯を磨き、布団に入る。そして、寝ているかのように見せかける。時々、寝返りも打ちながら。そんな時間が長く続いた。

「多分、もう3時間くらいは経っているだろうなぁ・・・」

その時だった。ドアが無いはずの壁が開き、清掃員らしき服装をした女が入ってきた。そして、冷蔵庫に食料を詰め込み、ゴミを回収し、出て行こうとする。

「チャンスだ!」

確信に近い自信を持ったわたしは、ポケットに隠し持っていた爪楊枝をドアが閉まらないように放り投げる。物を投げたことなんてなかったので、成功するかどうかは五分五分の状況。「スパーン」という音が脳内に流れ、清掃員が閉めた(と思っている)ドアに挟まった。そして、ドアにわずかな隙間が出来た。絶対にこのチャンスを逃さないように、清掃員の足音を注意深く聞き取り、完全に聞こえなくなるまでそのままの体制でいた。

そして、そっと起き上がる。ギターケースにギターと少量の食料を詰め込み、本を服の中に隠し、誰にも気づかれないようにドアを開けた。ドアの向こうには、細い空間が左右に分かれていた。わたしは、直感に従って左側に進んだ。

ときどき、明かりが灯ってはいるが、薄暗い空間を前進する。どこまで続くのだろうか。白い壁の向こうには、わたしと同じような人間たちが詰め込まれているのかもしれない。想像しながら、どこまでも続くこの空間を一歩ずつ進んでいく。10分ほど前進した先に、再びT字路があった。最初と同じ左側に進もうとしたその時だ。

「おい、見つけたぞ!」

男の野太い声が聞こえて来る。3人くらいの集団がこちらに向かってくる。

「殺されるのではないか。」

そんな不安が脳裏をよぎる。でも、今はそんな場合じゃない。この命が危機に晒されているのだ。力を振り絞って、走る。足が縺れるけれど、とにかく走る。ほんの少しだけ目に緑が映った。そう、外の空間への出口が見えた。

どんどん男たちは近づいてくる。必死に足を動かし、なんとかハッチをこじ開け、長い梯子を下りていく。もちろん、男たちもそれを追いかけるようにして降りてくる。もしここから落ちれば、怪我だけでは済まないだろう。

「もう捕まったほうがいいのかな・・・」

一瞬、そう思った。わたしは自由が欲しくて行動しているのではなかったのか。自分を励ます。なんとか長い梯子を下り終わり、緑の森を走り出す。靴下だけだから、痛い。だけど、追っ手が来るから止まるわけにはいかない。全力で走り続ける。時々襟を掴まれそうになるが、振り払う。その繰り返し。

つらいけど、我慢するしかない。なんとか男たちを巻いて、山の麓まで走りきった。もう、男たちは追いかけてきていない。

疲れた・・・。心の中はその気持ちでいっぱいだった。もう動く元気はない。ギターケースを枕にして、草むらに横になった。

果てしない眠りの世界がわたしを誘う・・・


To be Continued...

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