あなたを祝する

おめでとう、と手を叩き、歌うような声が聞こえる。

テーブルに並べられた見るからにご馳走と言える食事に、ハッピーバースデーと書かれたチョコレートプレートののったケーキ。ろうそくの火は消されたあとだろうか、紙の花で飾りつけられた部屋には、少し似合わない焦げ臭いような臭いが鼻をかすめる。部屋の真ん中で、女の子は満足そうに笑っていた。

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桃花がはっと目を開くと、そこはいつもの自室だった。スマホのアラームが耳のそばで規則正しい電子音を鳴らしている。

夢か、と呟きながら、アラームを止めるとテレビのリモコンのスイッチをつけた。

いつもの朝のニュース番組はこのところいつも同じだ。今日は150人近い死者がでたと、淡々とした声が聞こえてくる。世間のもっぱらの話題は新型ウイルス感染症。年が明けて数ヵ月、日に日に増える感染者を、飽きもせずテレビの中の偉い人が数えている。世界中で何十万と人が死んでいると、画面の中の外人がしかめっ面で嘆いている。

身支度を整えた桃花は、朝食をとりながらテレビに見向きもせずスマホのインターネットを開いた。日課になってしまった、テーマパークの公式サイトのニュースを確認すると、わざとらしく溜め息を吐く。相変わらずの休園の二文字。

テレビで政治家の一番偉い人が、顔を覆いきれないマスクごしに話していた。「緊急事態宣言延長」と用意されていたテロップが白抜きの赤い字で映し出されていた。

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壁にかけられた、ワンピースを桃花はぼんやりと見つめていた。

あと数日後のために用意していたワンピースはとうとう出番をなくしてしまった。部屋の隅のドレッサーの引き出しには、普段はつけられないネイルチップと口紅がしまってある。

半年前から予約していたホテルやレストランのキャンセルのメールがスマホを光らせている。

こんな結論が出されないことをずっと願い、祈っていた。しかし、世界は数ヵ月程度では好転してはくれず、一番恐れていた現実が突きつけられている。

ワンピースを選んだ日のことが、スカートのサテンに写りこむ。

「どうしても着たい日があって、誕生日に、自分のためにせっかくだからと思って」

恥ずかしそうに必死そうに桃花が話す。静かに聞いていた女性が、

「すごい、素敵です、着て欲しいです」

と華やいだ顔で嬉しそうに笑ってくれた。

身ごろの柔らかいピンク色が女性の表情をとかして消えていく。

これ以上季節が過ぎてしまったら着れないだろうなと、冷静な頭が桃花に囁く。

もう夜中だというのに、部屋の中はじっとりと暑く感じた。夏場には厚く感じるだろう2枚の生地は、もう季節はずれとよばれるだろうか。

飾られたままのワンピースの、丁寧に寄せられた袖口のフリルをなぞってから、そっとカバーをかけた。

涙はどこかにいってしまって、おめでとう、と手を叩き、歌うような声が聞こえた気がした。

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