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頬を叩く龍

 目の前にある小さい滝が、音を立てて水飛沫を激しくあげている。
 前日まで雨が降り続いたため、ずいぶんと勢いよく水が流れ落ちてくるせいだ。
 何日ぶりの晴天。
 木々が風で揺れるたび、漏れてくる陽の光が滝の水に反射して、綺麗な小さい虹を作り出していた。

「気持ち良いねぇ」

 それを見ながら、私は無意識にそんな言葉を口にしていた。
 空気が、寒くもなく、暑くもない。
 こんな気温がずっと続けば良いのに…。
 もう1ヶ月も経てばくるであろう、真夏の暑さを予想して、つい、そんな風に思ってしまう。
 隣に並んで滝を眺めるアキは、私の言葉に
 そうだねぇ
 と目を細めて呟く。
 アキは、神社特有の、澄んで凛とした空気を身体全部で感じているようだった。
 この神社、わりと有名な所であるにも関わらず、いつも人が少ない。
 私たちの方が、人がいない時間に訪れているからかもしれないが…。
 けれども、こういった人の少なさも、居心地良さの要因の1つかもしれない。

 以前はこんな風に、アキと2人で神社へ来ることなどほとんどなかった。
 けれどもこうして一緒に参拝するようになったのは
 私に妙な能力が発現してからだと思う。
 妙な能力、とは、“口が勝手に動いて喋る”という…
 まるで“イタコ”のような能力だ。
 目に見えない存在たちは、次から次へと我が家にやって来て
 その度に私の口を使い、様々な事を話す。
 その、話し相手をアキはずっとしてくれていて
 この神社が“天と繋がっている場所”という情報も、そうやって得たものだった。

 目に見えない存在たちがやって来るのは、こうして外出している時も例外ではない。
 どこであろうと、いつであろうと、私の口を使って話し出す。

『ほーう』

 突然、辺りに向かって声を張り上げた。
 私の口から出た声ではあるが、もちろん、これは私の意思ではない。
 また、何か(誰か)が来たのだ。
 隣にいるのがアキでなければ、こんなに好き勝手にはさせないのだが…
 周りにあまり人もいないから、私は動くままにすることにした。

『ほーう』
『ほーう』

 私が拒否しないのを良いことに、私の顔を右へ左へ、上へと動かしながら声を上げる。

『ほーう』
『ほーう』

 それはまるで… 
 何かに呼びかけているようだ。
 私は動かされるままにしながら、そんな事を思っていた。
 アキも、何も言わずに、ただその呼びかけが収まるのをジッと待っている。
 次第に、
 早く終わってくれ
 と私は内心で、ソワソワしてきた。
 周りに人は居ないとはいえ…これはなかなか恥ずかしい。
 しばらくそうやってから

『ほーぅ…』

 …ようやく、終わったようだ。
 ほっ
 としていると

『来たぞ』

 私の口を使うソレが、アキに向き直って言った。

「何が?」

 と、アキが聞くが

『名前を付けろ』

 ソレはアキの質問を無視する。
 無視かい
 とアキはツッコミつつも、

「オレが名前付けるの?」

 と尋ねる。
 すると、私の首が横を振るので

「ユウが付けるの?」

 アキの言葉に、こくん、と私の首は縦に振られた。
 なるほど。私が付けるのか。
 という事は、今やって来た“何か”は、私のための存在なのだろう。
 ボンヤリと、そんな事を考えながら、私は
 うーんと
 と、少し悩んで

「…水月(すいげつ)…とかどうかな?」

 滝を流れる水を見て、思いつく。
 安易だとは思うが、なにせゆっくり悩む時間も無い。
 それでも、アキが

「良いね」

 と言ってくれたので、これで決定だ。
 それで、どうやら彼らの用事は終わったみたいで、気の圧力のように感じていた気配が
 すうっ
 と消えていった。

「もう、いいみたい」

 私がそう言うと、アキが
 じゃあ、帰ろうか
 と応えて、私たちはその場を後にした。

 その帰り。
 アキの運転する車の中で、たった今連れて帰ることになった存在が、どんなものかと思い、何となく意識を向けてみる。
 すると脳裏に沸いたのは
 小さくて、まるで蛇のような細長い“何か”だった。
 私の肩の辺りにいて、休んでいるような気がする。
 意思疎通出来るには、まだ少し、時間がかかりそうだ。
 これは…この存在は、何をしに、私の所へ来たのだろう…。
 そんな事を、車の窓越しに流れていく景色を眺めながら、ぼんやりと考えていた。

 それから数日後。
 私は友人と、パソコンの画面越しに話をしていた。
 名前はアスカと言う。
 ほんの数週間、彼女は関東から、私たちの住んでいる島根に遊びに来ていて、一緒に神社巡りをした仲だ。
 アスカと知り合ったのはここ数年の話で、彼女自身島根に来るのはこれが初めてだったから、

「でね、お社の上から、顔が見えるくらい大きい人が居てね、帰る時にその大きい人が、私たちに向かって、手を振ってるの!」

 その時の、島根で自分が視たモノに、余計に驚いたのだろう。
 少し興奮気味に話てくれていた。
 私はそれを聞いて、
 ああ
 と思って

「多分、それは大国主命だよ」

 と伝えると

「他の神社ではあんまり神様を視る事ないんだけど…やっぱり、出雲は違うね!」

 なんて、とても嬉しそうだ。
 そんな風に言われると、私も地元民としてなんだか嬉しい。
 そう、アスカもまた、目に見えない存在たちと関わりを持っている人間だ。
 こうして、どうやったって確認の仕様がない「目に見えない世界」の話を、心置きなく話せるのは本当に楽しい。
 そんな風に思い出話に花を咲かせていたのだが
 ふ
 と、私は先日連れ帰った、細長い小さな“何か”の事が頭によぎった。
 そうだ。彼女に聞いてみよう。
 そう思い立って

「そういえば、この前ね」

 と、私はその時起こった出来事の詳細をアスカに聞かせた。
 彼女は、ふんふん、と聞いてくれる。

「で、どんなモノが来たのか知りたいんだよね。良かったら、視て欲しいんだけど…」

 いいかな?
 と、私はお願いした。
 するとアスカは、何も言わずに目を閉じてから、すぐに

「…えっと…小さいウナギ?みたいなやつ?」

 と、言った。
 私のイメージでも、細長い何かだったので

「そうそう、多分それ!」

 と答える。
 すると彼女は目を閉じ、しばらく口をつぐんだ。
 どうやら、集中して“視て”くれているようだ。
 “視る”といっても、目には見えない存在を、肉眼で見る人はいない。
 何せ相手は、肉体を持たない…「物質」を持たない存在だからだ。
 見えたとしても、それは物質的に見えるように、その人の脳が処理しているだけなのだ。
 そうしてしばらくして

「ウナギ…というか…龍っぽいんだけど」

 とアスカは口を開いた。

「何だかね、顔が右肩に乗ってて、クルッと体をユウの後ろに回して、尻尾が左肩にあるの。
 で、その尻尾でね、ユウの頬っぺたを、ペシペシ叩いてる」

 え?

 と、ソレがしている、ちょっと意味不明な行動に戸惑う。
 けど、続けて聞いた彼女の説明に

「で、頬っぺた叩いて、ユウに
『仕事しろ〜、仕事しろ〜』
って言ってるの」

………。

「ナニそれー!」

 思わず吹き出していた。
 私は笑いながら、

「え?何?私に仕事させるために、一緒にいるの?」

 と言うと、アスカは

「多分、そうなんじゃないの?」

 ふふふ、と笑っている。
 そうして、ひとしきり笑って…
 はた
 と、私はある事に気づいて、笑いが止まる。
 そういえば…

「そういえば私、ここ最近、集中して仕事してるわ…」

 え?
 今度はアスカの方がそんな顔になって

「えー!マジで?!」

 と笑い出した。
 そう、そうなのだ。
 急にやる気が出てきて、それまで数ヶ月放っていた作業を、ここ数日、毎日パソコンに齧り付いてやっている。
 お陰で随分と、事がいろいろ進んだりしているという事実があった。
 確かに、思い返せば、やろう、と思い立ったのはあの後からではないか。
 何と…あれは、水月がやらせてたのか。
 私たちはその事実に

「あんまりにも仕事しようとしないから…」
「とうとう、向こうの世界からせっつかれ始めたか」

 と、私たちの会話はますます盛り上がってしまい
 じゃあ、またね、
 と、ようやくパソコンの電源を落としたのは、話し始めてから3時間以上も経った頃だった。

 思い返しても、なかなか面白い話だ。
 彼女と話をした後、私は水月の事を考えていた。
 そして何となく
 これは書き留めておくもの良いかもしれない。
 そう思って、私はおもむろにスマホを手にした。
 そして、ずいぶん長い間放ったらかしにしていたブログアプリを開くと、
 どこから書こうかな…
 そう思いながら、画面の上で指を走らせ始める。

 良い天気の日で…。
 見えない存在が、水月を呼んで…。
 連れて帰って…。

 そんな風に、1つ1つ思い返しながら、言葉を思いつくまま、書いては消して、書いては消して、少しずつ進めていく。
 ああ、何だかとっても、久しぶりの感覚だ。
 私の心がとても豊かになる時間。
 けれども、気力がないと向かえない時間。
 どこかでそんな風に感じながら書き進めていく。

 そうやって、しばらく書いていた私は
 ふ、と…
 あることに気がついて、手を止めた。

 あれ?
 これはもしかして…。
 もしかして、こうして久しぶりに文章を書く気になったのも…
 水月が、頬を叩いてやらせている…?

 そんな考えが頭に浮かんだ。
 だって、ここ1年以上もの間、そんな気になれなかったのに、急にやる気が出るなんて…。
 思いついたら何だか可笑しくて、苦笑いが込み上げてくる。

 これは…
 自分が、やりたいのか
 それとも、やらされているのか。

 そうは思ったが

 まぁ、でも。
 それはどちらでも構わない。

 と改める。

 だって…こうしている時間は、私にとって至福の時間に違いないのだから。

 思い直して
 再び私はスマホに目をやる。
 後はただひたすらに、文字を綴っていくのだった。

・おわり・

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