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毎日400字小説「小説家」

 来ると思っていた電話が来なかった。これでまた一年棒に振った。池上猛は皺だらけの手で、頬を擦った。ずっと小説を書いていた。四十歳の時に初めてある小さな賞の最終候補に残り、これはいけるかもしれないと思い仕事を辞めた。どうやって生活するの。家族は当然反対した。一番下の娘だけが「パパ有名人になるの」と言って喜んでいた。小説家とテレビの中の戦隊ヒーローとの区別もつかないような年齢だったその娘が、今年、猛が仕事を辞めた年になる。が、猛はまだ小説家になっておらず新人賞への応募も諦めていない。家族はとっくに愛想をつかして出てゆき、一人、ギリギリ食べるだけの金を駐車場係のパートで稼いで残り時間は全部、執筆に費やした。そうして、賞を取ったとてあと何年書くことができるかわからない年齢になってしまった。今回はさすがに心が折れそうになった。が、夜にはパソコンの前に座っていた。誰も知らないけれど、猛はすでに小説家だった。

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