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毎日400字小説「ブローチ」

 パートの帰りいつものスーパーで食材を買い、専門店街の間をとぼとぼ歩いていた千乃は、ふと目にしたその店のディスプレイに足を止め「すてき……」と呟いていた。わりと年のいった主婦向けのブティックで店員も自分の母親世代であり、三十八歳の千乃はいつも素通りするだけだったが、一番手前のマネキンのつけていたブローチの深い青色に、惹きつけられたのだった。というのも、もうじき娘の高校の入学式で、それに着て行く服について千乃は悩んでいた。そのブローチがあれば、唯一の外出着である二十代の頃に買った流行遅れのセットアップも、いくらかはましになる。そっと近づき値札を見ると、マネキンの着ているワンピースの倍の値段がした。シングルでかつかつの生活を送っている千乃にはとうてい手がでない。きょろきょろと店員を目で探した。息を飲み、そろそろと手を伸ばしたとき、「母さん」後ろから娘に呼ばれ、千乃はその場にしゃがみ込んでしまった。

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