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毎日400字小説「降ってくるもの」

 高瀬里奈はがんばっていた。二歳と五歳、二人の子供を自転車の前と後ろに乗っけて保育園に送り、その足で会社まで二十分、猛スピードでがんばった。自転車で出勤するようになったのは時間の調整がしやすいからで、帰りに電車の遅延でお迎えに間に合うかどうかやきもきするストレスはなくなったが、雨の日も風の日もチャリ通というのは、電気アシスト付きとはいえ、四十三歳の身体には単純にしんどかった。もちろんお迎えのあと、料理をして食べさせて風呂に入れて寝かしつけて、そうしてる間に残業から帰ってきた夫の相手もしなければならず、休んでいる間はなかった。休みの日も家事に追われた。時間がなくて美容院に行けないのを、「女なんだからさ」と夫に言われた。けれど今はしょうがないと思っていた。進んで子育てマシーンになっていた、それが里奈だった。だからまさか、恋をするなんて思わなかった。里奈は膨らむ胸で、美容院のドアをくぐった。

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