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毎日400字小説「けっこう幸せ」

「だからさ、あなたは平凡なんだから身の丈に合った仕事をしてそこそこの男と結婚して、二人ぐらい子供を産むのが最高の幸せなんだっていうことを教えておいて欲しかったわけよ」というのが戸高里穂の口癖だった。「かわいいだの天才だの将来はピアニストだのちやほやするから、私は何かになるんだって勘違いするんじゃない」それに反論するのは同僚の吉永だった。「あんたそういうのは大人になれば気づくものよ」七十歳になるこの女は面長で、凹凸の少ないのっぺりとした顔をしていた。片足が悪く、引きずって歩く。里穂が勝っていると、優越感を味わえる数少ないうちの一人だ。里穂は言う。「気づいたよ。でもダメなの。私だって全く芽が出なかったら諦めもしたわよ。惜しいとこまではいつもいくのよ」彼女らの仕事はパチンコ店の清掃で、しゃべっているのはヤニで茶色くなった休憩室である。仕事後、ひとくさり若かりし頃の自慢をして家路につく。二人とも未婚だった。

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