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毎日400字小説「ももかん」

 風邪で寝込んで何も食べられなかったとき、桃の缶詰を持ってきてくれたのは、大学時代に付き合っていた人だった。何度も鳴っていたスマホに応えることもできないほど弱っていた由那を心配して、コンビニの袋を提げてやって来てくれた。スポーツドリンクや栄養ゼリーを飲ませてくれ、汗に濡れた服を着替えさせてくれた。だけど、由那は朦朧としてロクに相手も出来ず、いつしか眠ってしまい、次に起きた時には彼は学校に行って、いなかった。ようやく空腹を感じて冷蔵庫を開けた。そこに桃の缶詰はあった。「子どもの頃の誕生日ケーキはずっと桃だった」一人で育ててくれた母との思い出として語ったことがあった。貧乏だったから、いちごがいいとずっと言えなかった。そのことを覚えていたんだろうか。由那は冷えた桃を一缶、まるまる食べた。飢えたように、汁まで飲んだ。その人とはすぐに別れてしまった。けれど由那は、毎年、子供の誕生日には、桃のケーキをつくっている。

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