六月六日
古い絵描き歌をくちずさむ。おぼろな記憶をたぐるように、窓ガラスに直線と曲線をえがいていく。指先がたどる、青い夜の縁。
彼女は記憶について考えている。「記憶」とは、何だろうか。
「私」という個体は今日も続いている。続いているということは、永続的ということだ。
しかし記憶は断片的だ。一秒ものがさず、記憶していない。とぎれている。
絶え間なく在る「私」、からこぼれおちた記憶、は果たして「私」なのだろうか?
ノイズのように、ラジオが梅雨入りを告げた。
新しい季節のまくあいに、彼女は逝く春を惜しむ。
ふと、夏は水底から始まることを思い出した。
これはこぼれおちていた「記憶」。いま、掬いあげたばかりの。
このかけらは「誰」のものだろうか?
夜の窓辺、彼女は記憶をなぞっている。
ろくがつ、むいかに、あめ、ざあざあ。とうたいながら。
2023/6/2 「夜に寄り添う三題噺」企画参加作品
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