Webtoon市場の驚異的成長:3.9兆円産業への躍進と日本のチャンス
気づけば、ピッコマやLINEマンガでWebtoonを読む機会が増えてきました。ドラマやアニメもWebtoon原作の作品が増え、いつの間にかWebtoonは日常的なコンテンツとなった印象です。数年前は、マンガの付録程度に認識していましたが、今では従来のマンガよりもWebtoonに触れる時間のほうが長くなってきました。
コンテンツ分析に携わる中、ビジネスとしてのWebtoonを詳しく調査したことがなかったので、この記事でまとめてみました。
1. Webtoon市場の概要と成長
「従来の漫画市場を追い抜く勢い - 3.9兆円市場への躍進」
1.1 Webtoonとは
Webtoonは、スマートフォンやタブレットでの閲覧に最適化された縦スクロール形式のデジタルコミックです。
カラーイラストが特徴的であり、デジタルネイティブな読者層を中心に急速に人気を集めています。
※「WEBTOON」という用語は、韓国のNAVER Webtoonが商標登録している名称ですが、本記事では一般的な縦スクロール漫画を指す用語として使用しています。
1.2 グローバル市場の急成長
Webtoon市場は、スマートフォンの普及と共に驚異的な成長を遂げています。QYResearchの調査によると、2023年は45.6億ドル(約6,500億円)で、2029年には275.1億ドル(約3.9兆円)の市場となる予測がされています。
1.3 従来の漫画市場との比較
Grand View Researchのレポートによると、世界の(従来の)マンガ市場規模は2023年は142.7億ドル(約2兆円)で、2030年には422億ドル(約6兆円)の市場となると予測されています。
つまり、2023年時点でWebtoonは漫画市場(漫画+Webtoon合算)全体の約20%を占めていますが、2030年頃には市場全体の約40%を占める計算となります。
2023年の時点では従来の漫画市場がWebtoon市場を大きく上回っていますが、2029年にかけてWebtoon市場が急速に成長し、従来の漫画市場に迫る規模に迫る勢いであることがわかります。
1.4 地域別市場動向
Webtoon市場の国別シェアを見ると、アジア太平洋地域が最大のシェアですが、北米、ヨーロッパ、中東・アフリカ、南米でも成長が見込まれています。
最近のニュースでは、米Dashtoonと韓国Webtoon産業協会(KWIA)が提携し、韓国Webtoonを米国、インド、南アジア市場に展開することで、20億人以上の新規ユーザーにアクセスできるようになると発表されました。
※米Dashtoonは、コミック読者向けのDashtoonアプリとクリエイター向けの Dashtoon Studioを展開する2022年設立のベンチャー企業
※韓国Webtoon産業協会は、2015 年に設立されたWebtoonのクリエイターと企業にサポートを提供することを目的にした団体。
リリースの中で、KWIAのソ・ボムガン会長はインド市場でのWebtoonの成長について語っています。
インドの人口は14億人以上と国別人口の1位となっており、そのうち50%弱が30歳未満と、7億人近い若年層を抱えた国です。
また、Statista社の予測によると、インドのデジタルメディア市場は2024年には100.7億ドル(1.4兆円)と予測されており、年々成長する見込みとなっています。
今後のグローバルエンタメ市場を考えると、北米中心から、インドやインドネシアなど広義のアジア圏や、ナイジェリアなどのアフリカが成長するため、このレイヤーを抑えられることはWebtoon産業にとってかなり強みとなります。
1.5 主要プレイヤー
2022年の世界トップ20社ランキングでは上位のほとんどが韓国企業となっており、特にNaver、Kakaoが圧倒的なプレイヤーとなっています。
2022年時点では、世界の上位10社の売上高シェアは約58%と上位プレイヤーが独占していることがわかります。
1.6 日本市場の動向
日本の電子書籍市場においても、Webtoonの存在感が高まっています。2022年度の電子コミック市場5,199億円のうち、約10%(約520億円)がWebtoon作品となっています。
そして、日本の電子漫画市場では、ピッコマ、LINEマンガ、コミックシーモア、めちゃコミックなどが上位プレイヤーとなっています。
特に、ピッコマとLINEマンガは他に比べて、圧倒的な月平均利用時間の高さを誇っており、日本ユーザーに対するエンゲージメントの高さが伺えます。
ピッコマもLINEマンガも積極的にオリジナルWebtoonを制作・配信しているので、日本内におけるWebtoonの売上比率も年々高まることが予想されます。
1.7 韓国のWebtoon輸出
韓国は、Webtoon産業のグローバル展開を積極的に推進しており、2022年は前年比16.8%増の1兆8290億ウォン(約1,958億円)と過去最高を記録を記録しました。
1.8 Webtoon市場総括
Webtoon市場は、2023年の約6,500億円から2029年には約3.9兆円へと、6倍以上の成長が予測されており、これは従来の漫画市場に迫る勢いです。
地理的には、アジア太平洋地域が最大のシェアを占めていますが、今後は他地域の成長も見込まれています。
産業構造を見ると、韓国企業が上位を占めており、輸出も順調に成長していることから、韓国のWebtoon産業がグローバル市場で競争力を持っていることがわかります。
2. Webtoonの歴史
「危機が生んだイノベーション - 韓国発、世界を席巻する新たな文化」
ここで、韓国webtoonがどのように発展したのか、その歴史を振り返ってみたいと思います。Webtoonの発展を理解するためには、1990年代後半から2000年代初頭の韓国における重要な社会的背景を把握する必要があります。
2.1 社会的背景
①アジア通貨危機と出版業界への影響
1997年に始まったアジア通貨危機は、韓国経済に深刻な打撃を与えました。韓国ウォンの価値が急落し、多くの企業が倒産やリストラを余儀なくされました。出版業界も例外ではなく、書籍や雑誌の売上が激減し、多くの出版社が経営危機に陥りました。
②インターネットの普及
1999年3月、韓国政府は国家的IT戦略「Cyber Korea21」を展開し、インターネットインフラの整備を急速に進めました。
その結果もあり、急激に普及率が高まり、現在ではほぼ100%の普及率となっています。
このように、韓国は早くからネットインフラが整備されてきたため、インターネットおよびスマートフォンなどが普及し、Webtoonを含むネットサービスが急速に発展する環境が整っていたといえます。
③韓国の漫画市場の特殊性
韓国の漫画文化は、様々な制約に直面してきました:
軍事政権下で漫画が「6大社会悪」として抑圧(1960年代後半)
青少年保護法の制定で、特に成人向け漫画に対する規制が強化(1996年)
日本の大衆文化の禁止による、日本文化の流入規制
1998年から2004年にかけて段階的に規制が緩和されましたが、それまでは日本の漫画は「海賊版」として非公式に流通
このような環境下で、韓国の漫画市場は独自の発展を遂げました:
新聞の4コマ漫画:日常的に親しまれる短編漫画
学習漫画:教育目的で製作され、親や教育者にも受け入れられやすかった
貸本屋文化:安価で漫画を楽しむ方法として人気を博した
2.2 Webtoonの誕生と発展
①誕生の背景
出版業界が変革を迫られる中、ネットの急速な普及と韓国独自のマンガ文化の発展により、Webtoonという新たな文化の土台が整ったといえそうです。
②プラットフォームの登場
2000年頃から、NAVERやDAUM(現Kakao)などの大手ポータルサイトが集客手段として投稿プラットフォームを立ち上げたところから今の原型ができたと言われています(webtoonの始まりには諸説あり)
NAVER(2004年):
「NAVER Webtoon」サービス開始
アマチュア作家の投稿を積極的に受け入れ、新人発掘の場としても機能
DAUM(現Kakao、2003年):
「만화속세상」(漫画の中の世界)サービス開始
プロ作家による質の高い作品を中心に展開
この頃には、今のマンガアプリの原型となる特徴はできていました。
無料コンテンツとして提供し、収益は広告収入
縦スクロール形式
定期更新で、読者の継続的な訪問を促進
コメント機能で、読者と作者の直接的なコミュニケーションを可能に
③ビジネスモデルの変革(2010年代)
無料コンテンツとして人気を博したWebtoonですが、2010年代に入り、収益化への取り組みが本格化しました
2013年:レジンコミックス登場
コンテンツ課金型プラットフォーム
「WEB漫画は無料」という認識を覆す画期的なモデル
有料コンテンツでも需要があることを証明
2016年:ピッコマ「待てば¥0(®)」システム導入
ゲーム業界のフリー・トゥ・プレイモデルを漫画に応用
基本無料だが、次の話を読むには待つか課金するかを選択
ユーザーの習慣形成と収益化を両立
これらの新しいビジネスモデルにより、作家の収入が安定し、質の高い作品の継続的な制作が可能になりました。
2.3 Webtoon急成長
2020年代に入り、Webtoonは爆発的な成長を遂げています。
グラフを見ると、すごい勢いで売上高が伸びていることがわかります。
コロナ禍で『おうち時間』が増え、デジタルメディア全般の利用が伸びました。その波に乗って、Webtoon原作の映像化作品もヒットし、これが更にWebtoonの人気に火をつけたと考えれます。
2020年頃のWebtoon原作の映像化作品
「梨泰院クラス」(2020年)
「女神降臨」(2020年)
「地獄が呼んでいる」(2021年)
「ノブレス」(2020年)
「神之塔(Tower of God)」(2020年)
また、韓国のWebtoonは作品数も急増しています。
2017年時点では約7,000作品だったものが、2021年には約20,000作品にまで急増しているとのことです。
このように、Webtoonは韓国の社会的背景を元に、様々な要因と重なり合って急拡大した市場といえます。
3. Webtoonが成長した理由の考察
「デジタルネイティブ世代の台頭とビジネスモデルの革新」
ここで、韓国を中心としたwebtoonの急成長理由を3つ考察してみます。
①デジタルネイティブ世代の台頭と縦型メディア消費の普及
スマホネイティブ世代の台頭と、TikTokやInstagramなどの縦型メディアの普及により、縦スクロールでコンテンツを消費することが一般的になったことがWebtoonの成長に寄与していると考えられます。
2013年末時点で韓国内のスマートフォン普及率は75%となっています。
特にZ世代を中心に短時間で気軽に楽しめるショートコンテンツへの嗜好が高まり、エピソードごとに短い時間で読めるWebtoonの特性ともマッチしていたことがWebtoonの普及を後押ししたと考えられます。
②ビジネスモデルの進化とメディアミックス展開
Webtoon業界は初期の無料モデルから、徐々に収益化の方法を進化させてきました。有料購読、広告収入、デジタルコインシステムなど、様々な収益モデルが導入され、産業としての持続可能性が高まったと考えられます。
課金モデルが開始された2013年頃からの累積作品数も除々に増えています。
さらに、人気作品のドラマ化、映画化、アニメ化などのメディアミックス展開が成功を収めたことで、Webtoonは単なるデジタルコンテンツの枠を超えて、総合的なエンタメ産業へと発展したのだと思います。
韓国Webtoonのメディアミックス化作品も2013年頃から除々に増え始め、2020年頃から劇的に増加していることがわかります。
2019年には、Naver Webtoonで活動する作家の年間平均収益は3億1000万ウォン(約3,300万円)に達したと発表されました。2024年では、上位100位の作家の年平均収入は約13億8000万ウォン(約1.4億円)です。
2020年には、小学生がなりたい職業ランキングトップ10に漫画家がランクインしており、憧れの職業として地位が確立されているといえます。
このように、ビジネスとしての出口が生まれたことで、クリエイターへの還元も増加し、質の高い作品の創作を促進する好循環が生まれたのだと考えられます。
③積極的な海外展開とグローバル市場の開拓
Webtoon企業は早い段階から多言語展開と海外市場への進出を図っています。2014年7月には米国で英語サービス「LINE WEBTOON」の開始をしており、中国語(繁体字)、タイ語、インドネシア語、日本語、スペイン語、フランス語、ドイツ語と対応言語を除々に増やしています。
また、翻訳品質の向上に注力し、各言語圏でオリジナル作品を制作するなど、海外でWebtoonが読まれるための環境作りを徹底的に行なっていたように見えます。
これらの積極的な海外展開戦略と、メディアミックス展開の成功が重なり、現在では、NAVERが出資するWEBTOON Entは世界150カ国以上、2,400万人のクリエイターと約1億7,000万人の月間アクティブユーザーを抱えています。
また、韓国コンテンツ振興院は、「海外で漫画・webtoonのプラットフォームを新規に構築する計画がある」、もしくは「現在運用している韓国の法人事業」に、それぞれ最大5.2億ウォン(約5,500万円)、3.4億ウォン(約3,600万円)の支援を行うと発表しています。他にも、国を挙げた支援が多数行われており、韓国を中心としたwebtoonの世界展開には更なる成長が期待されます。
技術の進化に伴うライフスタイルの変化、ビジネスモデルの革新、そして積極的な国際展開が相互に作用し合うことで、Webtoonは急速に成長し、グローバルなデジタルコンテンツ市場において重要な位置を占めるようになったのだと考えられます。
総括
ここまで、Webtoon市場の急成長、その歴史的背景、そして成長の要因について見てきました。2023年の約6,500億円から2029年には約3.9兆円へと、6年で6倍以上の成長が予測されるWebtoon市場は、デジタルコンテンツ産業の中でも特筆すべき存在となっています。
本文では特に言及していませんが、日本のWebtoonプレイヤーにも大きなチャンスがあると考えられます。今後のグローバル市場の拡大もそうですが、北米市場では日本の従来型マンガが強い影響力を持っており、この強みを活かす戦略はまだ有効であるかもしれません。
実際に、日本発のWebtoonも徐々に注目を集めており、日本のマンガ制作のノウハウとWebtoon形式を融合させた作品が増えています。
アメリカ市場ではWebtoonの影響力が年々増しており、従来型マンガに近づく勢いとなっており、今後も拡大することが予想されます。
日本の漫画が既に確固たる地位を築いているアメリカ市場において、日本発のWebtoonが影響力を増しつつある現状は、日本のコンテンツ産業にとって非常に好ましい展開だといえます。
日本国内で培われたマンガ制作のノウハウをWebtoon制作にも活かしつつ、従来の紙媒体のマンガとWebtoonそれぞれの特性を最大限に生かすことができれば、グローバル市場における日本のコンテンツの更なる拡大が期待できるでしょう。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
是非、コメントをいただけると嬉しいです。
おまけ
日本はコンテンツが強みとは思いつつ、任天堂やSONYのようにプラットフォームを抑えることも重要です。
オレンジ社のように海外展開を前提とした配信サービスが多く出てくると数年後に状況が変わっているようにも思います(応援)
追記:QYResearch調査の大幅修正
2024年9月14日に発表された調査では、以下のような予測がでています。
このnoteの冒頭で扱った調査より、大幅な下方修正が入っています。
当初予測:6年で6倍(6,500億円→3.9兆円)
修正後:7年で1.4倍(5,700億円→7,900億円)
大幅修正の背景については、また別途考察したいと思います。