人に「読ませる」文章
不揃いである。
年末年始に時間があったから記事を4本執筆してみたが、テーマが
・ゲーム
・ブータン旅行
と早速一貫性がない。
しかもそれより前に書いた記事は英語の発音についてのものであるから、近年求められがちな専門性という概念は僕のnoteからは消え去ったようである。
試しにと思って始めてみたnoteであるが、なぜかそれなりに楽しむことができているので、しばらくは続けて行きたいと思う。
ただ、せっかく続けるなら良い文章が書きたい。
では良い文章とは何だろうか?
一般的には
「読み手の立場に立った文章」
というのが挙げられるだろうが、これだと何に気をつければ良いのかイマイチ分からない。
そのため、自分なりに「読み手の立場に立った文章」とは何かを考えてみたところ、
「読ませる」文章である、という結論になった。
もちろん無理やり読ませるという意味ではない。読み手を引き込んで、つい最後まで読めてしまうような文章のことである。
そう簡単に読ませる文章が書けることはないのだが、大学の卒論執筆時に指導教官から
「読ませる文章ですね!」
と言われたのが嬉しく、読ませる文章とはこういうものなのか、頑張れば他にも書けるかも知れない、と思った。
思い返せば、小学校の作文を課題で、独りよがりにならない程度に、それでも自分が楽しむことを忘れないで書いた文章は、なぜか先生からも同級生からもウケがよかった気がする。卒論も同じだった。やたら書いていて楽しいなと思った部分がちょうど褒めてもらえたのだ。
自分で楽しく書けた文章が面白いと言ってもらえるって、こんなに嬉しいことなんだ、と思った。卒論は大変だったが、それでも頑張っていたからこそ文章を書く楽しさを実感できた。
この体験が、今こうして文章を書くモチベーションの源泉になっている。
相変わらず色々なテーマを扱っていくことになると思うが、例え何を書こうとも、人に「読ませる」ことを意識するのだけは忘れないようにしたい。
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