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映画「ベイブ」をPrime Videoで見ました。良い教育的作品だと思う。

豚のベイブを主人公とした映画。動物同士は話すことができる。

「疑いを知らない純粋な心の持ち主が、どのようにして周囲の偏見を変えていったかというお話」と冒頭で語られているので、これがテーマなのだろう。物語も章立てになっているので、あらすじも書きやすい。

自分が見た感想としてのこの映画のテーマは、人間にとって「動物(特に豚やアヒル)は食べられるもの」ではあるが、そこに命があったことを忘れてはいけないということ、だと思った。物語の中で、ベイブは何度も自分は食べられるものだと言われる。そうすることで、視聴者にもそういう存在だと印象づけられる。物語としてはベイブは食べられる以外の形で人間に役立つことで食べられる未来はなさそうだが、現実はそうではない。「こんなことありえないよ」と思う人もいると思うが、動物も生きていることを、本当の動物が人間のためになんてことは全く思ってないだろうが、人間のため=生きるため(何かに使役しないといけられないのは悲しいが)に必死なことを描写することによって見る人に強く感じさせ、生というものを感じて欲しいのだと思う。寓意から食に対する感謝が生まれてくれることが期待される。といっても、あまり小さい子に見せると「動物が可愛そう」で終わってしまいそうでもある。中学生、高校生くらいが見ると良い教育コンテンツだと思う。

冒頭は生まれから、アーサーの家に来るまでを描き。それから「この世のルール(9:26)」「罪と罰(14:40)」「豚肉は味よく口に優しい(27:33)」「自分を犬だと思っている豚(37:15)」「牧羊豚(47:17)」「とても悲しい日(51:52)」「運命に応えた豚(58:50)」という表題を提示し物語が進む。

「この世のルール」では、動物界のルール(といっても、ベイブを引き取ってくれたアーサーの家内のことだが)、例えば家に入れるのは犬と猫だけなど。「罪と罰」では、ルールを破り家に入ってしまうことによって、「食べられてしまう」ことが示唆される。「豚肉は味によく口に優しい」アーサーの妻はベイブをクリスマスに食べようとしていたが、ベイブが羊泥棒から羊を助け(全ては助けられなかったが)、有用性を示し食べられることを回避する。「自分を犬だと思っている犬」牧羊豚として、役立つようになるまでを描いている。「牧羊豚」牧羊豚として役立っていることが映像として流される。牧羊犬の競技大会があることが示され、元牧羊犬レックスが過去に羊たちを救うため耳が悪くなったことが語られる。「とても悲しい日」ベイブと心を通わせていた羊のメイが迷い犬に殺される。ベイブが殺したとアーサーは勘違いし、ベイブを殺そうとするが、妻から迷い犬が出たことを教えられ死を回避する。「運命に応えた豚」牧羊犬の大会の前日、ベイブは家の中に向かい入れられるも猫と争ってしまう。その争いによって猫はアーサーに外に出されてしまう。それを逆恨みに思った猫は、ベイブに「豚は食べられること以外役に立たない」と強く語られる。すっかり自身を失ってしまうが、アーサーの励ましで力を取り戻す。豚として牧羊犬の大会に出られるか、ベイブが大会の羊を上手く動かせないという悩みに対してレックスが助けに出る。ベイブは高得点を出して、物語は終わる。

ベイブが自分ということを知り、食べられるかどうかで緊張感を上げ、ベイブが牧羊豚として役割をどう手にするかを描き、ベイブとその役割を結果的に取られてしまうレックスとの争い、などで物語を見せている。動物というて視点から、色々面白いことが問題として上がってくる。例えば、朝鳴くアヒル。アヒルは食べられること以外の役割を作り、食べられないために泣いている。その役割が目覚まし時計に取られるとして、目覚まし時計を壊しに行く。動くための動機として、動物でないと出来ないことだ。ただ、家に入って時計を壊すだけなのに、この過程はとても緊張感を持って見ていた。豚は「食べられる」という運命を持っている、それが物語全体に緊張感を与えている。猫の仕返しのところは、なんか嫌になることが予想され見ているのが辛かった(予想に反して、猫はベイブに豚は食べられるってことを語るだけで自分が思っていた酷い展開にはならなかったが)。今の人が物語のこのような嫌な場面が予想される展開が嫌い、ということを何かで読んだことが、何となくわかる気がする。猫のせいですっかり、意気消沈してしまったベイブをどう回復せるのかという部分はアーサーの歌と踊りで解決してしまった。これは無理矢理な気もするが、なんとなく納得してしまった。歌や踊りには、それだけ力があると私は認識しているのだろう。歌と踊りは素晴らしいのだ。しかし、ベイブが牧羊犬の大会の羊を追うために、羊だけに聞く魔法の言葉で動かすのは、「他に方法はなかったのかな」と思った。それを手に入れるために、犬のレックスが、嫉妬していたベイブのために動き今まで命令していた羊にお願いするという過程は素晴らしかったが。

アーサーは孫娘のために作った、ミニチュアの家を「いらない」と言われ、娘の夫からは農場の経済状態を指摘される。表情からはアーサーが孤独かはわからないが、一連の描写から疎外感が想像される。そんな中だからこそ、ベイブに心を寄せたのかもしれない。

素直に見ればとても楽しく見られて、教訓的なことも説教時見たい形で語られていて、良い映画。動物視点に過度によってしまうと、動物が食べられなくなるかもしれない。あくまで、現実世界では人間が動物を食べることがある、それは変えられないと認識する心が持ってないと、と思う。異なる世界のものが互いに分かり合える世が来ることを願いながら、分かり合えない現実は現実として認識する、矛盾を矛盾として受け入れられる心が必要かもしれない。

ベイブの物語とは関係ないが、各エピソードに表題がついている物語を見ていて、連続ドラマの感想の書き方が見えて来た。連続ドラマで、いちいちこのエピソードから生まれている緊張感などを書いていたら一万文字を超えてしまう。物語全体から、自分が感じたテーマ性を見つけ、そう感じたエピソードや台詞を交え、自分がなぜそう思ったのか語るのが良いと思う。

しかし、映像の技巧を見せるために物語を紡いでいる場合もある。そう感じたら映像の素晴らしさを語れればいいのかな。作者がテーマなど考えてなくても、作者の生き方や時代性からテーマのようなものは作品に滲み出るだろう。

テーマなど難しいことを考えず。「この場面が格好いい」「この台詞が格好いい」ということを書けばいいか。なぜ物語は面白いかは、テーマ性よりも、人物造形や映像の語り方、演出の仕方による方が強いのだから。テーマ性は物語に深みを与えているような気がする。とにかく、理想は簡単なあらすじ以外に物語を書かずに、感想を書くことである。


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