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映画「バック・トゥ・ザ・フューチャー」をNetflixで見ました。マーティは特に成長してないよね。

「バック・トゥ・ザ・フューチャー」をたぶん20数年ぶりに見ました。

見ていて、思いました。主人公であるマーティは物語を終わりまで経過して、心が変わった(成長した)とかなかったなと。マーティは女性にモテるようだし、頭も良さそう。出てきた時から当時の若い人の「イケてる」感じなので、あまり成長要素がない。子供から大人になるとかが物語のテーマなら、もちろん成長要素はあるが、そういう物語でもない。

もしかしたら、親に対する気持ちは変わったかもしれないけれど、未来が変わってしまったから、心が変わったとしてもあまり意味ないし(マーティが過去に行ったことで、マーティの両親は尊敬できる人になってしまった)。マーティは狂言回しというのかな(言葉の定義が違う?)。物語の進行に必要だけれど、物語の主軸ではないというか、いや主軸なんだけれど。

物語は、知り合いのドクから車のタイムマシンを見せられたマーティ。いろいろあってその車を使って過去に逃げることに。過去に戻ったとき、自分の父親の運命を変えてしまう。それによって父と母が結ばれない未来になる。それを回避するために、若かりし父と母をくっつけようと動く。

未来に戻れる日も決まっており(時計台に雷が落ちるとき)、時間的制約もあって物語を盛り上げる。

もっと盛り上がるところがあるかなと思ったが、派手な場面とかはなかったような気がする。その印象は現代の映画が派手すぎるせいかもしれない。もちろん面白かった。

主人公がマーティではないとしたら、誰が主人公と言えるのといえば、マーティの父であるジョージだ。本当は妻となるリンダの父親に偶然車に轢かれたことで、ほぼ棚ぼた的に愛されてしまうことになるのだが、過去に来たマーティが車に轢かれそうになるジョージを助けてしまったことから、その棚ぼたがなくなってしまう。ジョージをリンダから惚れさせないと、マーティの存在は消えてしまう。そのためにマーティはリンダがジョージを愛するようにさせようとする。マーティが手伝ったとしても、最終的にはジョージが自分の意思でリンダを惚れさせないといけない。ジョージはとても情けない人間に描かれている。過去においても、現代においても。そんな彼が、最終的にはリンダを惚れさせる。物語の始まりと、終わりでは彼は変化しているのだ。マーティはそれを手伝っただけ。

といっても映像に映っている時間はマーティの方が長い。ジョージをいじめているビフという男とカーチェイス(マーティはスケボーだけれど)する(すごく格好いい)場面は盛り上がる。食堂でリンダをビフから救うところとかも。それでも、主軸はジョージの物語だと思う。

人が変わるには何か決意が必要だ。たいていの物語、主人公が成長や変化が必要となる必然性があり、成長していきカタルシスが生まれると思う。ジョージには特に成長する必然性がない。もちろんリンダのことは気になるようだけれど、憧れの存在くらいでどうしても恋人にしたいという必然性はない。行動動機がなければ、物語として成り立たないよね。ジョージがリンダを恋人にする行動動機。その行動動機がマーティ。ジョージの内面に動機が生まれるのでなく、外から無理矢理必然が作られている。人を好きになることに外部から必然性が作られるって珍しいよね。こういう話の作り方もあるんだなと思いました。最終的にリンダに好かれるのは、ジョージの決断故なのだけれど。それが素晴らしいね。最後までマーティの策略なら、カタルシスがないと思うから。

もうひとつの物語として、マーティが過去に帰る物語がある。最後にちょっとしたハラハラはあるけど(電線が切れたり)、その方法を見つけることに対して困難はなく、あっさりと見つかる。あくまで物語の主軸は、ジョージの成長物語なのだと思う。その中で、マーティのアクションが物語を盛り上げ、それによってリンダがマーティをますます好きになり、ジョージとリンダの距離が離れていき「どうなるんだ」と思わせる。話を盛り上げる、マーティのアクションはただ見せ場だけでなく、物語と密接に関係しあっているところが素晴らしい。

映画には小説など違って性格を克明に説明できない。映像に映る行動だけでしか描けない。マーティはできるやつに見える。女性と付き合いのうまさが物語の前半に描かれている。あとバンドをやっている。スケボーに乗っている。ジョージに女性の口説き方を説明している。そういう印象からだろうか、過去の時代においてビフを殴ったりするところに違和感は感じない。そういう人物だと見ている自分がいる。

ジョージは現代においても、ビフに隷属しているような描写があるし、家族でテレビを見ているときは威厳がなさそうに描かれている。それは過去においても同じで、彼がビフを殴れるような人間には見えない。しかものぞきをしているしね(リンダを)。マーティとの会話からも、喧嘩は嫌いなようなことを言っている。ジョージの演技もうまいのだろう。

リンダの人物像はわからない。しかし、マーティに恋をしてしまったことはよくわかる。彼を見る目線の演技というのだろうか。なんで恋をしてしまったのかは理由はわからないけれど。小説とかだったら、もう少し理由付けしないと不自然かもしれない。だけれど映画で見ると、そういう理由とか吹き飛ばして、「恋してしまっている」と自然に受け入れられた。あまりにもあからさまな態度だったけれど、これも演技がうまいからかもしれない。

カメラワークについて。主にカメラは、情景を説明する、人物を写す、人物の視点風景を写す、ということを主にあるようだ。人物の視点風景(よくわかるのは最後の現代に戻ってきた時の場面で、マーティが未来に行く寸前の自分を見ている場面)の時は、なんとなくその人物に視聴者である自分が入っているように感じた。どうしても、物語に集中してしまってカメラワークにへの関心が映画を見ている途中で切れてしまうね。もう一回見れば、いいのだけれど、なるべく初見の印象を大事にしたい。物語を知ってしまった状態だと、物語に対する期待感が少し落ちてしまう(先を知っているので)、物語とカメラワークの関係性が見えなくなるような気がする。その映画のジャンルによって、撮り方も変わるのだろう。

久しぶりに見たけど、面白かったです。


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