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映画「オンリー・ゴッド」ををPrime Videoで見ました。タイトルの由来は母のことかな?

若い娼婦(ではないのか? でも似たような仕事をしている)を暴行し殺した男は、警官に連れてこられた女の父親に殺される。弟のジュリアンは、母の希望を叶えるために復讐に参加する(この母は、兄弟が行っていた麻薬売買の主のようだ)。制服警官を私的に従える、元警官チャンに挑むも歯が立たず敗北する。母はチャンに殺される。

感想にいつも書いているような、先を期待させて見せる映画ではなかった。多分なくはないのだろうけど、期待とかの感情に向き合えるほど余裕が自分にはなかった。今まで見ていた映像と同じ場面でありながら、カットに連続性のない映像が出たり。意味ありげな構図の画面、特に遠近感や、フレーム内の映像の中でも壁などを利用してさらにフレームを用意し画面を狭くしたり、影を使っても狭くする、そんな一瞬では読み取れるはずはないが、思考を促すような映像表現。見せてくる、映像の語りに振り落とされないように集中して見ていた。と言って、映像から単純な刺激が全くないわけではない。暴力がふんだんに溢れている。見れば、その映像が与える刺激がすぐわかる「暴力表現」が、映像が与えてくる思考の箸休めになっているのかもしれない。

登場人物たちの行動理由は復讐だ。復習の対象となる警察を支配する元警官チャンは、絶対的な力を持っているように描かれる。と言って「こんな人間にどうやって勝つんだ」という期待感を抱かせる人物ではない。そんなに背が高いとも言えない、中年の男だからだ。身体的特徴に強さを感じさせなくても、人々の会話などで迫力を出させることもできるだろう。しかし、この物語ではそういう人物を印象付けるような会話は一切ない。複数の警官の前でカラオケを歌う場面(多分上手くない)をおとなしく聞いている警官たちがある。この映像をよく見て、考えれば、権力を表していると考えられなくもない。チャンが元警官だなんて、映画を見ている時は気づかなかった。全然説明がないんだもの。

物語の序盤、ジュリアンの兄ビリーの犯罪現場に来たチャンはビリーを捕まえず、親を連れてくる。現場の部屋にその親とビリーを一緒にする。どうなるかなんて、誰でも想像がつく。ビリーは殺される。殺した男に、対して殺したことを咎めるようなチャン。そのことに対する罪ではなく、娘をそういう店で働かせたことに対して、チャンは刀を振り、片腕を切る。やっていることがめちゃくちゃで、「タイの警察にこういう人が実際いたのかな?」と思った。物語のために想像された人物としてはめちゃくちゃすぎるから。

奇妙な映像と、説明なしで動いて行く人物たち、物語に振り落とされないように必死である。「いったいこれは何を描こうとしているのか」と考えながら見る。わからないけど、つまらないとは思わなかった。

ジュリアンも兄と同じように、突発的に暴力を振るう瞬間があった(お酒を飲んでいる二人を急に襲う)。なので、これはそういう血、遺伝的形質を持ってしまった人間の物語なのだろう、と思ったが、途中で考えを変えた。変えた場面は、兄の死を聞いてアメリカから来た母にジュリアンが恋人を紹介(娼婦に頼んだ偽装)する、食事の場面だ。母がジュリアンと兄を対比して話している場面で気づいた。「この映画は兄にコンプレックスを持ち、兄のようになり母に好かれたい」と思っている物語だと(食事の後の恋人役になった娼婦に対する罵倒からも、コンプレックスの塊というのが伝わる)。そう考えると、突然出てくる場面もわかる(私の想像だが)。あの映像はジュリアンの内的欲求の映像なのだ。他者へ自分の暴力的な面見せたいという、欲求。しかし、彼にはできない。兄を殺した男を、娘が殺されたのだから仕方がないと、何もしない。性格的にマフィアに全く向いてないことがわかる。それでいて、母には好かれたい。絶対的な力を持つ母に対して、主人公は「オンリーゴッド」と思っている。それが、タイトルの由来だと思った(どうやらオンリーゴッドはチャンのことらしい、と押井さんの本の、この作品のあらすじに書いてあった)。違うかもしれないが、私の解釈で話を進める。殺しなどは向かないが、母の期待に応えたいとチャンに肉体での戦いを挑む。この場面にジュリアンの母が出てくるが、これは見に来てほしいというジュリアンの願望の映像だろう。チャンに挑むも、反撃すら出来ず敗北する。

そのあと、母はジュリアンに対して「何を考えているか分からない」と言う、「私を守って」とも。ジュリアンはチャンの家に待ち伏せする。一緒に来た男に「チャンの娘も殺す」と聞かされ、「聞いてない」とジュリアンはいう。チャン以外は被害に合わせたくないのだ。結局、娘を殺そうとした仲間(殺しだけの仲間だろうけど)を殺してしまう。チャンの家に飾ってあった刀を持って、そこから去る。チャンはあんな恨まれるような行動を取っているのだから、もっと防犯を強めろ、と思ってしまう。一応、見張りはいたけど。ジュリアンがあっさり銃で殺す。警官はジュリアンが優しくするリストには入ってなかったらしい。

一方、チャンはジュリアンの母に会っている。そして殺す。ひとり部屋の隅で佇む、殺されている母を見たジュリアンは、盗んだ刀で母の腹を刺す。そして、腹の中に手を入れる。兄が持っていて自分が持っていなかったものを探すかのように。

場面は変わって、ジュリアンがチャンに対して両腕を差し伸べている場面が挟まれる。「チャンが切るためか」と想像しているうちに、場面は変わる。多分切られたと思う。両腕だから罪は深い。しかし、殺されるまでの罪の深さではなかったのだろう。

まるで性格が合わないのに、そういうふうに生きなければいけない世界に生まれた男の悲劇。こうやって書くと、とても陳腐だ。映像が与えてくれる知的な静かさを想起させるようなテーマでないね。テーマがないと物語が作れないから、軸として与えたのかもしれない。しかも、説明が少ないから分かる人にはわから、テーマでもある。「わかった人は偉いですね」という報酬にもなっている。

説明が少ない映画。しかし説明がなくても、映像を見れば人物の感情(ほぼジュリアンだけど)は読み取れる(ただ解釈が私の違うおそれもあるが)。元警官とか、それは説明されないとわからないけど。説明が必要でないとわからないものと、なくても想像できるものがよく分かるね。

映像から伝わる緊張感。この緊張感は、映画の細部に起こることを想像してではない。ちゃんと見ないと、映像から振り落とされるという、視聴者と監督との間の緊張感である。こういう見せ方もあるんだね、と勉強になる。私は面白かった。色々想像して頭の刺激にもなったし。しかし、アマゾン評価が低かったりする。わかりやすくないからだろう。自分でもこの映画を「つまらない。何を言いたかったの」と思っていたかもしれない。意図したものかわからないけど、この映画が「何を言いたいか」わかったから、面白いと思ったのだろう。母親の腹の中に手を入れるとか、意味わからないしね。ジュリアンの母や兄に対する想いを想像できないと。物語の目的が「わかる」「わからない」ことが、面白がれるかどうかに関わる重要なこととなのがわかる。それを、どこまで言葉で説明するかは難しい。言葉で説明すればするほど陳腐になるのだと思う。

チャンという存在の意味はなんなのだろうね。最初は全然強く感じなかっけど、映画を見ているうちに強さというか、不気味さが見えてきた(楽しくなさそうに歌を歌う場面とか、エンディングでも歌うし。音が出ない場面もある)。そこから、多少の恐怖と興味が湧く。この何を考えているかわからない人物を見たいという、気持ちにはなった。物語に何者にも負けない、存在が必要だったのかもしれない。誰も抗えず、罪も裁く存在と考えると「神」とも思えるね。神という物語の埒外の存在と思えば、強さ秘密も見えてくる。本来なら、チャンを主人公にすれば悪者を私刑にするヒーローとしての物語にできたかもしれない。ヒーローを悪人の目から見たら、どう映るかを描いた作品なのかもしれない。悪人にも何かしら、葛藤をつけないとドラマにならないから、ジュリアンがああいう性格になったのかな? ジュリアンという人物のためにチャンが必要だったのか、悪人視点から見たヒーローという物語のために葛藤する悪人ジュリアンが必要だったのか。どちらだろうか?

マフィアの復讐という、普通の人がこのあらすじを知ったら、銃で撃ち合う娯楽作品を思うだろう。こんなありふれたあらすじから、作り方によってはこんな静謐で、思考を刺激する作品が作れるんだ、と強く思った。


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