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卒業制作「FLAT STOOL」


追記:2021/01/29 作品名をメントリスツールズからFLAT STOOLに変更しました。

作品概要

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「斜面取り加工を用いた同じ規格から異なった造形が立ち上がる4種類の折りたたみスツールのデザインと制作」というテーマで私は卒業制作にあたりました。

これらのスツールはいずれも折りたたまれるとすべて幅40cm奥行き40cm、厚さ6cm程の正方形の板にしまわれます。



側面4面が全て閉じられたスツール2種類と側面が半分だけ閉じられたスツール2種類のぞれぞれを構成するパーツの概形は同じですが、板材の横断面(小口)に斜面取り加工と呼ばれる、斜面を作るように削る加工をどの辺に、なん度で施すかによって造形にこのような違いが生まれます。

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斜面取り加工は一般に建物の窓ガラスの角部分に施されることが多く、加工された板材同士を突き合わせ、接着することで任意の角度を作り出すことを可能にします。

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今回、折りたたみスツールの制作にあたっては、加工された板材同士の面同士を接着するのではなく、辺同士を繋ぐことをもちいました。そうすることで、従来の接着による固定では無かった、変動と固定という二つの性質を持つことができるようになり、折りたたむことを実現可能としました。

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辺で繋ぐ際に、可動という機能的役割を実現するものとして蝶つがいを挙げることができますが、蝶つがいではなく十分に強度のある布を使用しました。布を使用することで、機能的役割だけでなく、色や手触り、テクスチャーといった装飾的役割も果たすことができます。
また、このことが金属の固着具を使用しない折りたたみスツールという特徴にもなりました。他にも一般的な折りたたみ椅子は開くような形で完成することが多いですが、メントリスツールズは持ち上げるように立ち上げ、その上に座るということも特徴です。

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一つの加工の施し方を変えるだけで、簡単にカラーバリエーションだけでなく造形のバリエーションも作れることも、いままでの折りたたみ椅子とは異なる特徴ということができます。また、素材は木材以外の斜面取り加工を施すことが可能な素材、例えば金属やプラスチック板などでも制作可能で、布部分においても強度が十分であれば帆布である必要はありません。
今回の制作においては小口を60°と45°に加工しましたが、この角度を変えることでスツールの高さだけでなく、表面の造形の起伏の程度の異なるスツールにもなります。さらに、スツールを構成するパーツの概形を変えることで、ほかにも多くの造形にバリエーションをもったスツールの制作が可能になることが期待できます。


制作過程

わかりやすいように手順を踏んでいるかのように書いてありますが、実際の制作手順は試行錯誤しながら同時進行で制作にあたりました。

1.基本構造の決定

椅子をつくるにおいて基本となる形を決めました。想像する椅子としては座面、脚が4本というのが一般的です。これをもっと広く捉えると立方体や円柱として捉えることができます。折りたたみ椅子という折りたたみ機能を考えた際に円柱よりも立方体の方が折りの構造として多くの可能性があると考え、立方体を基本の形としました。

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2.正方形に収まる造形の抽出

立方体に決定したため、どのように折りたたまれるべきを考える段階に入りました。一般的な折りたたみ椅子はパイプ椅子のような全て硬質でできているものと骨組みに布がついたようなものがあります。どちらにも共通していうことができるのは、座面は素材によらず切れ目が入っていたりというような座り心地を大きく損なうような加工はされてないことです。
そのことから、座面には折れ目を入れないように折りたたまれることを優先に、側面が正方形の中に収まるようにするためにいくつかのパターンを考えました。

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画像左から1番目、3番目は筒状になっていることがわかるとおもいますがこの構造は安定性を大きく損ないます。反対に、2番目、4番目においては全ての面に支えがあり、安定しているため、これらの構造を基本として考えていきました。


3.具体的な造形の検討・検証

具体的な形を決めるべくプロトタイプを作った結果、6種類のプロトタイプが制作可能候補としてあげることができました。

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これらのプロトタイプに基づき、板材にどの位置にどの角度で加工していくかを計算しました。その結果、実際に制作可能なものは今回提示した条件の中では4種類のみでした。
上画像の工作ボードではできているのになぜ6種類から4種類に減ってしまったのかというのは最近、ツイートされた三谷純さんのツイートがとてもわかりやすかったので引用させていただきます。

工作ボードで作るものは左側の平面折り紙というもの、実際に完成品として自分が制作したものは右側の立体折り紙のなかの剛体折り紙というものです。この二つに何の差があるかというと、折る対象物の厚みです。
普通紙などは厚みなどを0に近似した状態で制作するのが前提ですが、厚みのあるものだと4つ折りにすることすら不可能です。こういう差が現時点では4種類しか作れなかった原因です。


4.素材の検証

板材の検証
素材として考えられるものは、板材となる部分にアクリル板、木材、金属板、蝶番の代わり布が挙げられました。
板材に関しては、加工のしやすさ、椅子としての親和性、種類が豊富、安価であるということから木材を選びました。ホームセンターに行ってありったけの木材を買って実験。ファルカタ合板、MDF、シナ合板、パイン材など種類は豊富ですが、それぞれの比重、強度、厚みの関係と手触り、色味等を加味し、9mmのシナ合板に決定しました。強度を計測する際には実際に簡易的な実験を行うことで検証を重ねました。

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布の検証
布に関しても同様に頑丈なものをいくつか候補として取り上げ、そのなかでも帆布、セイルクロスが有力候補としてあがりました。

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木との親和性やセイルクロスが意外に伸びること、帆布業者への問い合わせの結果などを加味したうえで、8号の帆布としました。

接着剤の検証
ホームセンターに売っている接着剤、布と木材の親和性の高いものを買い集め、接着、引っ張って剥がれるかどうかを検証しました。

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圧着をすること、書かれている静置時間を守ること、以上の二つをふまえて検証してみると酢酸ビニル樹脂系エマルジョン形接着剤、いわゆる木工用ボンド、と言われる接着剤が一番強かったので、木工用ボンドに決定しました。布も木もかなりボンドを吸い込むのでかなり量を使うことは覚悟しました。
のちのちになって考えてみると大きく作業効率を左右する選択だったと感じます。木工用ボンドは水性のため、水やお湯につけることで粘着が弱くなり剥がれるようになります。そのため、失敗してもお湯にさえつければ布こそ使えなくなるけれども、木はたわしでボンドを落として、ちゃんと乾燥させれば再利用できますし、おなじ接着剤が100円ショップでもコンビニでも手に入るというのはかなり作業する上で効率が良かったです。
もし水性でないものを使用していたら、失敗すると木材ごと買い直しということが頻繁に発生していたと思います。


5.詳細のデザイン決定

3で大まかな構造は決まったのでここからは詳細なデザインを決定します。
具体的には、布の端処理、色、斜面取り加工以外の小口の処理方法、持ち手等です。

布の端処理
布の端処理は一般的にはミシンを使いますが、自分にはミシンは高校以来使ってないですし、時間もないです。さらには布の端が二重、三重となるというのは厚みの観点から今回の制作ではかなり大きな差になります。そのため、ほつれ止め液を使って端処理を行いました。

布の色
布の色のサンプルを取り寄せ、どのような色配置にするかの検討をしました。色が100色以上用意されている生地だったこともあり、ここでかなりの時間を必要としました。布の厚さを変えることで用意できる色味は10色ほどに減るのですが消極的な選択(色がこれだけしかなかったからこの色にしましたというような選択)はしたくなかったのもあり、100色から時間をあけて選ぶことにしました。
机に布を並べて、色を2~3色抽出し、イラレで検証するということをひたすら繰り返しました。

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色を決定する時だけではないのですが、常に意識していたのは自分がこの作品を通して何を伝えたいかを忘れないことです。ここからは頭がおかしくなるほどこれを考え続けました伝えたいかと大げさに書いていますが、簡単にいうとこの作品は何が面白くて、他とどう違うのかということです。この課題にひたすら向き合いました。
今回の制作でこの「伝えたいこと(面白い点)」は
・加工一つでこれだけ違う造形が生まれるということ
・違う造形が生まれた時に折り目で生まれる影
・布を多用しているから数えきれないほどのカラーバリエーションが作り出せるということ
・組み立てるまで椅子にどんな色が使われているかほとんどわからない

です。
これらをふまえると「影が落ちると綺麗なグレースケール」「意外性を与えられる彩度が大きくちがう多色づかい」というキーワードが自分の中で生まれました。これをベースに色を選んでいきました。

小口の処理
斜面取り加工をした辺以外にもたくさんの角があるのでそこの処理をどうするかの検証です。

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結局、この角を落とす作業は特にせず、仕上げとして軽くやする程度に留めました。これも斜面取り加工にフィーチャーした作品であることを第一に他の目立つ加工はしないと決めたことが理由です。

木同士の接着間隔の検証
折りたたみやすくする、立ち上げやすくする、しっかりと安定した椅子となるために木材同士の間隔を決める必要がありました。
角度によって安定する間隔が違うのでそれぞれを検証しました

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持ち手
椅子を立ち上げる時に必要な持ち手の部分にも斜面取り加工を用いました。持ち上げるだけだったら穴を開けたり、紐をつけたりとたくさんの手法を考えられますが、ここでも斜面取り加工をしっかりと使うことで、作品としての統一感をグッと高める大きな要素になりました。

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6.制作

ここからは設計図をもとにひたすら作り上げていきました。
木材をカットして、ヤスる、布はほつれ止め液を塗って、カッターで切って、二つをボンドで接着してクランプ、24時間放置をただひたすら繰り返しました。どうしても接着がうまくいかずにずれてしまい、うまく折りたためなかったりするとお風呂でお湯に浸して剥がして、木材をたわしで掃除、乾燥という作業。
本番になって初めて知ったのがクランプを強く締めすぎると布自体にボンドがかなり染み込んでしまって変色。はい、やり直し。という事態。他にも布の色によってはボンドがしみこむと縮むものがあったりでやり直し。と布をたくさん消費しました。
やればやるだけ進む安心感はありましたが、クランプが足りなかったり、接着に24時間取られるため思うように進まないのももどかしかったです。クランプに関しては自分で24個購入して、大学のも借りれるだけ借りたのに足らないという状況がしばしばありました。使ったボンドは10リットルくらいでした。

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最後の完成直前の画像です。


7.展示準備

たくさんやり直したとはいえ、この椅子自体が完成したのは展示から半月前でした。というのも、大学生としての集大成の展示なのだから不格好でもやりたいことは全部やってみたいという思いがずっとあり、展示什器、映像、その他たくさんの人にわかってもらえるような展示方法を考えました。
ここからの半月間はここに注力しようと決めていました。下の写真が実際に学内展で展示した様子です。
ここでは椅子の制作の話と懸け離れるのでまた別の機会に書ければと思います。

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その他諸々のお話

制作に関する話はおしまいです。ここから先は今回1から100まで制作してみて思った感想なんかをラフに書きます。

制作にかかったお金の話
だいたい25万円とかだと思います。完成品に15万、試作に3万、展示のための諸々に7万とかそんな感じです。
自分は美大に所属していないので、正直にいってもっとたくさん手を動かしてきた人間がいくら制作にお金をつかってきたかなんて知りません。いままでこんな大金を制作につぎ込んだこともありません。自分の作りたいものを作るだけでこんなにお金がかかるなんて思ってもみませんでした。意味不明です。同じ学科の人を見ても、これ以上にお金を使ってた人はほとんどいないと思います。
でもむちゃくちゃ楽しかったです。これだけお金をかけなかったら知り得なかったことがたくさんありました。

制作中の頭の中の話
今回の作品は主軸に斜面取り加工を置いています。これ以外の後処理はしていません。つまり販売するものとしては大欠陥品なんです。角の処理をしてないので、怪我する恐れもありますし、噛み合わせのところで指を挟む恐れだってあります。実際、撮影のモデルをお願いした人には「角が痛い」と言われました。制作の中で人が怪我をしないように加工する余裕はありました。
ただ、詳細のデザイン決定の項でも書きましたが、制作する椅子の面白い点、今までの椅子と違う点に頭がおかしくなるほどに向き合った結果です。
こういう制作の仕方は全くしてなかったわけではないですが、ここまでこだわってきたこともなかったのですごく新鮮でした。

この作品の制作に至った経緯の話
もともと椅子を作るつもりは全くなく、4月の段階では雨具のデザイン、夏休み明けにテーマを変えて、屋外アクティビティの際のプロダクトのデザインを考えていました。
夏休み明けに、屋外活動における荷物の移動の観点から「折りたたみ椅子⇄カバン」というものを思いつき、制作にあたっていました。その時に思いついたのが斜面取り加工を用いた変形でした。この変形方法をこのまま折りたたみ椅子単体として昇華させようとしたのが始まりでした。これがだいたい11月でした。
椅子が完成したのが1月中旬だったので三ヶ月半で完成させたことになります。今振り返るとすごいスピードで作品を作り上げていました。四六時中、構造を考えていました。もともと数学的な頭の使い方は好きだったので楽しかったんだと思います。自分のできること、作ってみたいものを見つけるまで半年かかってしまったのは勿体無かったです。3年生の時に折り紙をモチーフにした作品を楽しくつくっていたことを思い出せば、もっと早くたどり着けた気もしています。


自分の所属の話
最後になりますが自己紹介をします。首都大学東京インダストリアルアート学科インテリアデザインスタジオ所属の川俣祐人です。
首都大学東京でデザインの学科があることはご存知ない方もいると思います。

本学科には「プロダクトデザイン」と「メディアアート」の2つの分野があり、それぞれ6種類のスタジオに分かれています。分野の異なる学生が互いに刺激し合いながら、多様なデザイン、アートを学んでいることが特徴です。骨をつくり、肉をつけていくように、1,2年次に築いた両分野の基礎をもとにして、それぞれ見出した研究分野における知識を深め、表現や技術を身につけてきました。
引用 : 首都大学東京 卒業・修了制作展 2020 ご挨拶

今年コロナの影響で東京都美術館で展示をできませんでした。今ではインスタグラムで有志で作品を随時アップしています。紹介していただいたのでぜひ見てください。おもしろいです!




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