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生成AIは市場をどう変えたのか?

本記事は、友人のMBBのコンサルタントからの質問に対して、マイクロソフトで生成AIビジネスに携わった経験から言語化を試みた内容の一端である。オーディエンスは「生成AIのインパクト、なんとなくはわかるけど具体的には説明できないな〜」という方・ビジネス側の見方に興味がある方を想定している。

※LLMがわかる人は本章から読むことをおすすめします


【序章】LLM(大規模言語モデル)、何が凄いんだっけ?

身近に AI に詳しい人がいれば、何が凄いのかを聞いてみてほしい。
「自然言語でプログラムが実行できるようになった」「対話式のユーザー体験が提供できるようになった」「非構造化データが扱いやすくなった」など、解答は様々だろう。
ビジネスインパクトを捉える上では、「従来より格段に安い価格で高機能な AI が使えるようになった」という見方が重要だと思う。ドラマチックに言い換えると、LLMのインパクトはAI利用に関わるコスト構造の破壊である。

前提:LLMは使うのは簡単だが、作るのは難しい

「難しい」とは、「求められるスキルとお金が多い」ということだ。
公開済みのLLMは、実は簡単に利用できる。最先端のAIは、APIを通じて数行のコードでサービスに組み込むことができる。Zappier、Dify などのツールを使えば、コードが書けなくてもドラッグ&ドロップ操作でAIの恩恵を享受できる。精度を100%に近づけるには、AIエンジニアが必要になるが、一般的なソフトウェアエンジニアがいればLLMは比較的容易に製品に組み込めるのだ。オープンソースのものであれば、無料のものも多く、1000文字入れても1円以下など、とても始めやすい状況になっている。(Azure OpenAI Service の価格

翻って、LLMを1から開発するのはとても大変だ。Meta の Llama 3 の学習には H100(高性能GPU)が 16,000台使われていると試算されている。H100は(変動するが)1台大体500万円だ。Llama ほどの高性能モデルでなくても、開発には数億円以上の投資が前提になることがお分かりだろう。当然、高度な専門知識も必要となる。

(余談)ちなみに500万円で売られるH100の開発原価は $3,000 ≒ 50万円ほどだそうで(ソース)、NVIDIAの株価高騰も納得である。

コスト構造の破壊

AI利用コストが安くなったのは、とてもシンプルな理由だ。従来AIは、「翻訳AI」「画像認識AI」「文章生成AI」など用途毎に開発することが主流だった。しかし、テック巨人たちが多くの用途に対応できる汎用AIであるLLMを開発・公開したことで、従来必要だった開発投資が不要になったことで、AI利用のハードルが格段に下がったのである。

AI開発はおおまかに「学習」「推論」の2ステップに分けられる。従来 AIを開発・利用するのは「学習」「推論」両方の環境が必要であり、上述のGPUが一定必要になるため、コストが高くなる。

この一連のプロセスを行ってやっと使えるAIが誕生
引用:弊社エース蒲生さんのSpeakerDeck

しかし、汎用AIがアクセス可能になり、自前で環境を用意する必要性が薄くなった。結果、大幅にコストが削減された。

筆者のメモ書き

なお、LLM以前にも、API経由で(学習・推論環境なしで)でAIを利用することはできた。しかし、従来のAIモデルは利用シナリオが限定的なものが多く、自社の課題を直接解決するには追加学習が必要なケースが多かった。LLMは、文章生成、文章要約、翻訳、分類、情報抽出、コード生成などユースケースが多い上に、RAG(Retrieval-Augmented Generation)という手法で、比較的低コストで自社に適した出力を引き出すことができる。使い勝手の良いRAG+LLMがデファクトとして、AI利活用は浸透しつつある。

LLMが世の中全てのユースケースに対応できる訳ではなく、AI開発は今後も続くだろう。しかし、多くの人が困っている業務はLLMで解決できてしまうことも多く、DeepL 翻訳など従前のAIモデルの存在感が薄くなりつつある変化を個人的には感じている。

モデルは安くなり、精度は上がり続けている。コスト構造の破壊はまだまだ続く見込みである。

2024年5月の資料。遠い昔である。新しいモデルとともに高性能化は更に進んでいる。
Microsoft Build 2024(youtube)

【本章】LLMが出て 2年、市場はどう変わった?

※SMB市場は割愛する

エンタープライズIT市場の捉え方

エンタープライズIT市場は複雑で入り組んだ構造を持っていて、なかなか外からはわかりづらいのが特徴だ。そこで、縦軸に企業活動に必要なシステム、横を部門名称やインダストリーをおいたマス目のイメージで捉えることで説明を試みる。

横軸はインダストリーにしても良い

大企業は各部門や機能ごとに様々のシステムを利用しており、それぞれが独立した市場を形成している(例:CRM市場、ERP市場、コラボレーションツール市場)。これらの市場はそれぞれ固有のプレイヤーや商流、エコシステムを持ち、独自の競争環境が形成されている。上記図で言うと、各マスを様々なSIer・コンサルが鎬を削りあっているイメージだ。
各市場の競争では、単純な機能比較だけでなく、経営層同士のリレーション、営業が血反吐を吐いて作ったライセンスディスカウントなどをもとに培った信頼関係をもとに製品選定を行う。IT市場は「新しいAIでた!すごい!」ではなく、 長い歴史と複雑な人間関係、そして熱烈な競争が織りなす歴とした産業なのである。

従来、この市場は巨大ITベンダーや大手SIerが牛耳っており、スタートアップが参入することは至難の業だった。多くの場合、スタートアップができることといえば、大手SIerの下請け的な立場で仕事を受けることくらいだったように思える。

産業の真ん中に新たにAIレイヤーが切り拓かれる

しかし、LLMの登場を経て、市場構造に大きな変化が起きている。AIの有用性と安さが認知されたことで、従来の市場構造の真ん中に 新たに AIレイヤーが誕生した。

単に AIレイヤーが追加されただけではない。AIの導入は企業のデータ活用の在り方そのものを変革する大きなうねりとなっている。AIの性能はそれが参照するデータの質に大きく依存する。質の低いデータしかなければ、AIの出力も低品質になる。この Garbage In, Garbage Out の考え方が広まり、多くの企業がAIに関わる周辺領域、具体的には社内データ基盤の見直しを進めている(事例)。AIツールの導入に留まらず、全社のデータの流通経路に対して、システムのあり方を問いなおしているのが、AI変革の大きなインパクトである。

AIアプリケーション単体であれば、数百万円程度の投資で収まるため、影響力は限定的だろう。ただし、全社データ基盤の話になると優に数億円規模の話となり、経営層の強いコミットメントが求められる。過去2年間、多くの上場企業がAI関連のプレスリリースを競うように発表してきたが、真の変革はこれからが本番と言えるだろう。

なお、AIを取り巻く技術は多岐にわたり、日々進化している。 AIを働きやすくするための新サービスが毎日のように生まれており、この多様性と速さが企業のIT戦略をより複雑にしている。

ほんの一部

新規参入者にとってのチャンス

AIの登場により、従来の大企業向けITベンダーでは十分に対応できない新たな課題が浮上する。これまでになかった専門知識が求められる。技術に強く、エンタープライズに参入したいスタートアップにとってはまたとないチャンス到来である。

現在のIT市場は、従来から市場を支配してきた大手SIer、AIネイティブなスタートアップやSIer、そしてSaaSを主軸としながらもエンタープライズ市場進出を狙うAI SaaS企業の三つ巴の争いとなっているように見える。これらの企業は、AIをフックとした大規模データ基盤構築案件の獲得や、自社製品のクロスセル、B2B製品開発のためのPoCなど、様々な戦略を展開している。

従来、大企業のIT環境は SIer、コンサルティング会社、セキュリティベンダーの三者が支える構図が一般的だった、しかし、新たに「AIベンダー」という枠が生まれつつある。(この文章は仲良くしていただいてる方からの受け
売りだ)

まとめ

  • AI利用のコスト構造の破壊により

  • エンタープライズIT市場に新たなAIレイヤーが誕生

  • 企業データ活用方法そのものを変革する大きな契機となっている

  • 新規参入者のチャンスが発生している

生成AIは一時的なバブルなのでは?という言説たまに目にする。確かに、AIモデル開発やインフラ提供に膨大な投資を行っている企業にとって、その回収はクリティカルな課題だ。

しかし、この技術革新の波に乗る他のプレイヤーたちにとって、今は千載一遇のチャンスと言える。市場の地殻変動は確かに起きていて、AI Agent、マルチモーダル技術、小規模言語モデル(SLM)など、次世代の技術が更なる新しい産業レイヤーの創出を予感させている。可能性に満ち溢れている。今、AI・IT市場はとてもエクサイティングなのだ。

余談

こういったエキサイティングな状況なので、自分もマイクロソフトをやめて、この大海原に飛び込む予定です。LLM無職というやつです。現状話せることは少ないですが、この記事で何かを感じていただけた方がいれば、ぜひお話しましょう!スタートアップに興味のある方は、なおさらぜひ!

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