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能登半島地震の被災地視察に行ってきました(1/3:概要、能登空港、珠洲市)

今年の1月1日能登半島地震が起きて以降、「自分はいったい何をしているのだろう」という悩みがあった。

49歳になる今年、能登半島地震が起きたものの、「何をどうしていいのかわからない状況」がこの半年ずっと続いていた。

若い頃はもっと違った。

19歳の早稲田大学1年生の時に阪神淡路大震災があり、2週間後に灘のボランティア施設に行った。


35歳のソフトバンク社長室で働いていた時に東日本大震災があり、11日後には孫社長と共に福島県に行った。


40歳の新陽高校の校長の時に熊本地震があり、4ヶ月後に生徒たちが集めた募金を持って熊本の学校に行った。

国会議員として国民のために働いているはずなのに、一番苦しんでいる人たちのために、動き出せない自分にずっとモヤモヤしていた

そういうさなかで、今回、衆議院経済産業委員会として「経済産業等の実情調査」として能登半島地震による被害・復旧状況等の調査が行われ、理事として参加することになった。

そこで見たこと、感じたこと、思ったことを留めておきたい。

長くなるので投稿を3回に分けています。


日時

2024年6月12日(水)日帰り
8時55分 羽田空港発
23時32分 東京駅着
現地天気 快晴(最高30℃、最低17℃)

参加者

国会議員13名と衆議院、経産省、中小企業庁の職員計10名
の合計23名で訪ねた。

経産委員会
委員長 岡本三成(公明)
理 事 小林鷹之(自民)
理 事 鈴木隼人(自民)
理 事 松本洋平(自民)※与党筆頭理事
理 事 山下貴司(自民)※与党次席理事
理 事 荒井 優(立憲)※野党次席理事
理 事 山岡達丸(立憲)※野党筆頭理事
理 事 守島 正(維教)
理 事 中野洋昌(公明)
    笠井 亮(共産)
    鈴木義弘(国民)

現地参加議員
    西田正二(自民)
    近藤和也(立憲)

視察スケジュール

1日で能登半島を回ってくるという詰め込んだ濃い内容となった。

 8時55分 羽田空港 発(飛行機)
10時00分 能登空港 発(借り上げバス)
10時50分 珠洲市 着
      株式会社鍵主工業 視察
      応急仮設住宅 視察
12時00分 珠洲市 発(昼食 バスの中でお弁当)
13時20分 輪島市 着
      輪島市役所 訪問
      輪島塗仮設工房 視察
      輪島港(海底隆起現場) 視察
      朝市・わいち通り 視察
15時05分 輪島市 発
16時15分 七尾市 着
      中能登農道橋(ツインブリッジのと) 視察
16時25分 七尾市 発
18時00分 内灘町 着
      西荒屋地区(地盤液状化現場) 視察
18時30分 内灘町 発
19時00分 石川県庁 着
      馳知事と意見交換
19時40分 石川県庁 発
20時00分 金沢駅 着
21時03分 金沢駅 発(夕食 新幹線の中でお弁当)
23時32分 東京駅 着 

地図

全体行程で250キロとのこと。

経産省作成資料より

10時00分 能登空港 発(借り上げバス)

能登空港に到着すると「輪島市」のポスターが出迎えてくれる。「朝市」「間垣」「千枚田」「黒鳥天領祭」。震災前の豊かな文化を感じる。

能登空港で飛行機を降りて最初に目にする「能登」
大型バスの中で、配布された衆議院用の夏用防災服。当日は31℃晴天。
田植えがされたばかりの水田が美しかった

移動時間に資料を読む。国会議員になってこういう資料に触れる機会が一気に増えたが、現場で読むとまた違う。そして、直接に話を伺うとこのデータの意味が見えてくる気がした。

復興は経済が回らないといけないのだと改めて実感

10時50分 珠洲市 着

地下16キロが震源地となった珠洲市は最も被害が大きかった地域。人口1.1万人で65歳以上が51%という高齢化が進むなか、住家5,440棟のうち65%が全壊または半壊。

また、商工会に登録している530社のうち、再開しているのは4割。廃業が1割。休業および未定は5割とのこと。なお、再開している業種は7割が土木業。小売は3割。お客さんがいないので小売業が成り立たないそう。

株式会社鍵主工業 視察

能登は珪藻土(けいそうど)の埋蔵量が国内屈指。ここで昭和37年から珪藻土を使って七輪や耐火レンガなどを製造しているのが株式会社鍵主工業

この地域は昨年5月にも大地震があり、ようやくそこから立ち直ってきたところで、この大地震に被災。

左から鍵主社長、山下さん(自民)、中野さん(公明)、松本さん(自民)

鍵主哲社長は、地震の時に社屋にいて、建物が全壊したもののご自身のいたところだけ、がれきの中に奇跡的に空間ができて助かったとのこと。

七輪の海外需要が旺盛でこの数年で輸出は10倍。東南アジアで競合が出てきているので早く生産を復活させないと市場を奪われてしまうかも、とおっしゃってました。

生業補助金の手続きのあり方について、簡便化が求められていると感じた。

耐火レンガの製造はすでに復活していました

また、地元の経営者仲間では、職員の社会保険が払えなくて解雇せざる得ない事例が多いそう。

離れた職員は金沢などに移り住むため、会社が復興しても人が雇えなくて大変に厳しい状況になっているところが多いと伺う。

鍵主社長は素晴らしいリーダーだと思った。

復興にはこうしたリーダーの存在が欠かせない。が、ご本人もご家族も従業員も被災者の中で、事業の再建や地域の課題解決をしていくと、背負いすぎて苦しくなることも多い。

リーダーをサポートする仕組みが必要だと思う。

応急仮設住宅 視察

つづいて、7月から入居予定の仮設住宅を市役所の金田副市長に案内いただく。

工事も最終段階でした。こちらは石川県の事業。

この仮設住宅の設計は建築家の坂茂さん。坂さんといえば、東日本大震災の時には女川にもコンテナを活用した仮設住宅を作られた。

12年前の記憶がよみがえる。

10月に女川の仮設住宅を訪れた時の一コマ。 3,5,7歳の女の子達から、「ぐるんぐるんやってー」と何度もせがまれました。 何かを求めているように感じました。あの子達は、今日も元気なのだろうか。 後ろに見えるのは著名な建築家の坂茂(ばんしげる)さんが作られた「多層コンテナ仮設住宅」。

Posted by 荒井 優 on Wednesday, November 21, 2012


12時00分 珠洲市 発(昼食 バスの中でお弁当)

珠洲市の「さきちゃん弁当」をいただく。
煮物の味付けがとてもおいしくて感動。

能登の豊かな食文化を堪能


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