僕はこれまでたった1度も『優しい人』ではなかった?


なにかの間違いで
車の免許を取ってしまったことで、
自転車Jリーガーから
普通のJリーガーに昇格した下澤悠太です。


さて、
今回はnoteで「やさしさ」について考える
コンテストが行われていたので、
自分なりに考えてみることにしました!



本当の優しさとは何か?



まず初めにGoogle先生で
「優しさとは」と調べてみることに。

優しさとは、自分に対する見返りを求めず、
損得を考えずに相手のためになる行動を
進んで行うこと

だそうです。

まぁ誰もが「でしょうね」と
納得する内容なのではないでしょうか?笑


要するに"優しさとは
相手のためになる行動をすること"

ということですね。


僕が優しさと聞いてパッと思いついたのは、
誰から落としたものを拾ってあげる
というような
人に親切にすることだったり、

上手くいかずに落ち込んでいる人に
温かい言葉をかけて励ますみたいことでした。

たぶん皆さんも一緒だと思います。


ただ、個人的には
この「"相手のためになる行動"を行うこと」
ということがネックだと思っていて、

『相手のためになる行動をする=優しさ』
であるならば、
優しいことをする時の大前提として
『相手が今何を求めていて、
何が相手のためになるのか』を
理解している必要がある
と思います。

しかし、
この相手への理解をすっ飛ばして
自分が勝手に想像した優しさを
押し付けてしまっていることが
往々にしてあるのではないでしょうか?


個人的な意見として
本当の優しさとは普遍的なものではなく、
その受け手の人の性格や
その時の状況によって変わる
と思っています。


よくある話でいえば、
男女の価値観の違いによって
自分は親切にしたつもりが
相手にとっては全然優しくない行動だった
みたいなことです。

例えば 
「今こんなことで悩んでいるんだけど、
あなたはどう思う...?」
と悩み相談をされたとしましょう。

特に男性であれば
解決策を求めてくる印象があるので、

「これは〇〇が原因だから
こうしたらどう!?」
と解決策を一緒に考えてあげることが
この時の正解(優しさ)かもしれません。

一方、
女性は解決策を求めているのではなく
ただ共感して欲しいと思っている場合が
よくあるとのことなので、

その時に良かれと思って
「これは〇〇が原因だから
こうした方がいいよ!!」
と解決策を提案してしまうと、

「んー... 女心がわかっていない!」
と地雷を踏んでしまい、

「せっかく親切にしたのに
この子は何を言ってるんだ?」
と頭の中がクエッションマークで
埋まる可能性があります。
#優しさという名の爆弾



そしてこの時に1番厄介なのが、
相手が求めていないのに
自分の行動が優しい(正義)と勘違いして
行動してしまっていること
です。


典型的な例が『差し入れ』でしょうか?


差し入れを渡す人には
「あの人に喜んでもらうためにやってます!」
という正義があると思いますが、
その正義が受け手を
苦しめてしまう場合もあります。


例えば被災地の千羽鶴問題です。

生きることで精一杯な被災者の方々が、
「千羽鶴は要りません」
と声を上げているのに、

「あなたたちのことを思って
制作して送っているに、
なんでそんなこと言うの!」
というように
受け手のことが想像せずに
自分の正義を押しつけちゃうやつです。


あくまでも被災者の方々の
「千羽鶴は要らない」は
「もっと良いものをよこせ!」
と言っているわけではなくて、

大量に送られてくる千羽鶴の対応に
時間や労力を割くだけの余裕がない
という気持ちから来ていると思います。
#差し入れが悪いのではなくミスマッチが起きている


その状況で
「あなたのことを想って
渡しているんだから受け取って!!」
というのは自分勝手で、

もはや優しさとは正反対の行動であり
1番優しくない人なのではないでしょうか?


あくまでも
優しさというのは相手ありきのことで、

本当に優しい人とは
世間的な優しい行動ができる人ではなく、
相手側の気持ちを理解して行動に移せる人。

という考えに至りました。



そして、もう一つ
議論したいことがあります。


Google先生によれば
『優しさとは自分に対する見返りを求めず、
損得を考えずに、相手のためになる行動を
進んで行うこと』だと書かれていましたが、

この"見返りを求めずに"
優しい行動をしている人

世界にはどれだけいるのでしょうか?


例えば
あなたが会社に一番早く出社し
特に誰かに指示されたわけでもなく掃除を始め、
周りの人が過ごしやすい環境を
整えたとしましょう。

その後、
出社した上司が綺麗な会社に気がつきます。

「あれ? 床がいつもより綺麗になってる!!
誰か掃除してくれたの!?」 

あなたはこの状況で
「僕が掃除しました!」と言わずに、


「〇〇さんが喜んでくれてる!良かった!」 
と心の中で思うだけで、
何事もなかったかのように
知らないフリができるでしょうか?

そして、
もし言わなかったとしても
「あ〜本当は言いたいのに...」
という気持ちを
1ミリも抱かずにいられるでしょうか?
#ちなみに僕は無理です ✌️


もしあなたがここで
「僕がやりました!」と答えてしまえば
それは見返りを求めている行動で、

ただただ
「自分が周りからよくみられたい!」
という承認欲求が動機の行動だと思います。 

掃除をしていることは
悪いことでもないし優しいはずなのですが、
Google先生からしてみれば
「そんなの本当の優しさじゃねぇ!」
なんだそうです。


そう考えると
僕はこれまでたった1度も
人に優しくなかったのかもしれません。笑
#物心つく前は優しかったはず


とはいえ
正直僕はそれが悪いとは思っていませんし、
あなたも思いませんよね?

このような見返りを求めて
世間的に優しいとされる行動をすることを
「偽善」という言葉で表現されますが、

『やらない善よりやる偽善』
という言葉があるように
個人的には偽善で行う行動は
別に悪くない
と思っています。

よく有名人が多額のお金を寄付した時
「偽善ですか!?」「売名ですか!?」
みたいなコメントが寄せられている
イメージがあるんですけど、

一つ言えることは
仮にその人が偽善で行っていたとしても
たぶん誰も困っていないですよね?

(受け手が必要としていないものを
送っていたとしたら話は別だよ)

つまり何が言いたいかというと、

Google先生が
「見返りを求めている行動は
それは優しい行動とは言えない!」
とおっしゃられていましたが、

下澤牧師としては
あくまでも受け手の気持ちを理解した上で
誰も嫌な気持ちをせず、受け手も喜んでいるなら
見返りを求めた行動も優しくね?
という考えをお持ちだそうです。



が、しかし、そんな中で
リトル下澤がこんなことを言い始めました。

「その瞬間は相手が
嫌な気持ちをするかもしれないけど、
長期的にみたらそれが優しさだった
みたいなこともあったりしない?
」と。

例えば
付き合っている男女がいたとして、

もう心が離れてしまっているけれど
相手を傷つけないために
「好きじゃなくなった...」と言わないのは、
(相手はもちろん言って欲しくないだろうけど)
優しさではないんじゃない?

ということですね。


たしかにこの場合であれば
たとえ相手を傷つけてしまうことになっても
むしろ少しでも早く
正直な気持ちを打ち明けた方が
長期的にみて優しい
と考えられそうです。

(もしくは
『嘘もつき続ければそれが真実になる』
という言葉があるように、
その偽善をずっと貫き通せるのであれば
それも優しさだと言えるのかもしれません。)



では、なぜこの状況で自分の本心を
打ち明けられないかを因数分解してみると、
相手のことを考えているのではなく
単純に自分を守っているから
だと思いました。

「嫌われるのが怖い」
「批判されるのが怖い」

この自分を守るための行動は
本当の優しさとは言えず、
ただの自己防衛
ですよね。


つまり
偽善の優しさというのは
めちゃくちゃ良い面もあれば、
使い方によっては
相手の心を切り裂く刃になる場合もある
ということです。

もし偽善の優しい行動をする時には
「これは自己防衛のための偽善ではないか?」と
自問自答しなければいけない
と感じました。



ここまで僕が思う『やさしさ』でしたが
あなたはどう思いましたか?



そんなこんなで、

じゃあ僕がこれから
本当に優しい人になるために
どんなことを意識すればいいのかも考えました!


本当の優しさを手に入れるために


1. 自分の価値観が正解だと思わないこと。

人はたった一度でも成功体験があると
それが正しいと思い込みがちです。

「プレゼントを渡したら喜んでもらえた!」
という成功体験があっても、
プレゼントを必要としていない人がいることを
忘れてはいけません。


その他にも
スポーツの指導者でよくあると思っているのが、
その指導者が現役選手の時に受けていた指導を
正しいと思ってそのまま使うことです。

例えば
「俺は選手の時にたくさん走り込みをして
持久力もメンタルも鍛えてきたんだ!!
だからお前たちも走れ!!強くなれる!!
俺はお前たちのことを考えているんだ!!」
みたいな感じでしょうか?

たしかに
そのトレーニング方法で
成長する選手もいるとは思いますが、

選手によっては
走り込みによってメンタルが強くなるどころか
そのスポーツが嫌いになってしまったり、
もっと技術的なトレーニングを教えた方が
成長する選手もいるかもしれません。

これではいくら指導者が
本気で選手のためを考えて
一緒懸命指導したとしても、
選手のためになっていない可能性もあります。


「俺はお前たちのことを思ってやってる!」と
本当に選手のことを考えようとしているなら、

「この練習方法や選手に対するアプローチは
今のままでいいのだろうか?
どうしたらもっと選手が成長するかな?」
というような問いを
探究し続ける必要がある気がします。


そしてこれと同様に
人に優しくありたいと思うのなら、

「本当にこの行動がこの人にとって優しいのかな?
相手は何を求めてる?
もっと良い方法があるんじゃないのか?」

というように
自分の成功体験が正しいと思わず、
常に相手の視点に立って
最善策を見つけようとする姿勢を
持たなくてはいけない
と思いました!


ただ、忘れてはいけないのが
上記で挙げた男女の例のように、
『その時は辛い思いをさせるかもしれないけど、
長期的にみたらそれが優しさだった』

という場合もあると思います。

それこそ走りのトレーニングをしていて
やっている当時は
「こんなの意味ねぇだろ!」
「早くボール触らせろよ!」
と思っていても、

数年後に
「あの時の走りでメンタルが鍛えられたから
今の苦しみなんて屁でもないわ」
と感じたりすることもありますよね?


指導者(優しさを提供した側)の意見としては、
「側から見たら理不尽だと思えることも
本気で選手のことを考えた上で
優しい行動をしているんだ!」だと思います。

しかし、
指導者の方は『優しさを提供する』
という行動はコントロールできますが、
それを受けての選手が
『優しさ』と捉えられるかどうかまでは
コントロールできません。



だからこそ受け手の姿勢も
ものすごく大事
だと思っていて、

理不尽に思えたり、
意味がなさそうなことに直面したことは
誰にでもあることかもしれませんが、
この時に2タイプの人間に分かれるはずです。


1つは永遠に否定的なタイプ

いつまで経っても
「あの時やってたことマジで意味なかった」
とそこから学ぼうとしない人。


そしてもう一つが
どうにかして学びに変えようとするタイプ。

「あの時のあのトレーニングって
全然関係ないように見えて
実はこれにいきてるな!」
とか
「これって意味無いように見えるけど
何かに繋がらないかな?」

というように
視座を高く持って
学びに変えようとする人です。


ここまでのブログの内容は
あくまでも優しさを提供する側の視点で
書いた内容でしたが、

結局のところ
優しい行動かどうかを判断するのは
受け手次第
のことなので、

『受け手側が相手の優しさを受け入れる
準備が整っているかどうか』

死ぬほど重要だということを
あえてこのタイミングで書いてみました。
#与える優しさだけでなく受け入れる優しさもあるんです


つまり、時と場合によっては
「受け手側もずっと受け身の姿勢じゃなくて
優しさを渡そうとしてくれる側の気持ちも
ちゃんと理解してあげろよ!ばか!好き!」
です。


この優しさを受ける側の心構えについて
考えてみるのも面白そうなので、
別の記事で書いてみようと思います✌️




2.偽善だと知られても許される人間であれ

上記でも書きましたが、
たとえ偽善の行動であっても
誰も傷つけないならそれは優しい
と思っています。

しかし、
自分の行動が偽善だと知られた時に、
周りの人が嫌な気持ちになってしまったら
それは優しいとは言えない
と思っています。


ちょっと前に挙げた
会社で掃除をした例で考えてみると、

上司が「誰が掃除してくれたの!?」と聞いて、

「僕がやりました!」と答えた時に、

周りの人が
「なんだよアイツ、
自分がよく思われたいために
やってるだけじゃん...」
とネガティブな感情を抱かれてしまったら
それは本当に優しい行動だと言えるの?

ということです。


表面上では優しく見えても、
裏では誰かが傷つき、
誰かが嫌な思いをしていることを
僕は本当の優しさだとは思いません。

みんながwin-winの関係であることを
本当の優しさと呼ぶ
のだと思います。


そこで僕が目指したい優しい人間とは

その掃除をした時に
「僕がやりました!」
と答えたとしても、
(偽善でやっているように見えたとしても)

周りの人が
「やっぱり〇〇さんか!
あの人だったらやってくれそうだよね!」
と思ってもらえる人間でありたい
ということです。


そのためにも
「あいつならやりそう!」
と思ってもらえるぐらい、
日頃から自分なりに相手のことを考えて
常に優しい行動を心がけて
生きていきたいと思います!


ちなみに
キングコング西野さんは
支援活動をする時の理由の1つとして
「モテるため」という
下心を挙げられていたのですが、

それだけ偽善で私欲を表に出しているのに
全く嫌な気持ちにならないことを考えると、
西野さんは日頃からめちゃくちゃ優しくて
それが周りに浸透しているんだろうな
と思いました。#1番最強の状態


3.理解できない時は聞く!

少しでも優しい人間でありたい!と思って
一生懸命相手のことを理解して
行動に移したとしても、

先ほども書いたように
結局のところ
僕が優しい人間であるかを決めるのは
『受け手の人』ですよね?

だからこそ
相手の気持ちを理解することが、
めちゃくちゃ大事だと思いますが、
ハッキリ言って100%理解するのは無理です。笑


プレゼントをあげた時に
喜んでくれていたように見えて、
心の中では「いらないな〜」
と思っているかもしれません。
#顔は笑ってるけど心が全く笑っていないのが一番怖い


そこで大事になってくるのが
コミュニケーションです。

「何か手伝おうか?」
「何に困っているの?」
「最近欲しいものありますか?」

相手のことが理解できないなら
コミュニケーションで
その隙間を埋めればいいし、
これは人間だけが持っている個性で
使わない手はないと思います。

なので
相手にとっての優しさが分からない時は
正直に聞いてみることも
忘れずに生きていきたいと思います!

(とりあえず3つぐらい挙げておけば
それっぽく見えそうなのでこれで終わります)


このような感じで
長々と『やさしさ』について考えてみました。

少しでもやさしさを持った人が増えたら
もっと生きやすく笑顔が増える
世の中になると思っています。

ただ、考えることは誰でもできると思うので
まずは僕が率先して行動を起こし、
本当の優しい人間になれるように
精進していきます!!

現場からは以上でーす。

#やさしさにふれて #下澤悠太

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