40歳、服を買う

ほぼ10年の間、まともに洋服を買ったことが無い。
シャツはドン・キホーテで5枚598円ぐらいで売ってるのを着るが、真っ黒だから使いまわせる。
あとはGUやユニクロで買ったズボンと、襟と裾が汚れてない程度のシャツで何とか凌いでいた。

私は30歳から39歳までの間、ずっと年収が50万円ぐらいしかなかった。毎年だ。
生活保護や障害年金といった制度を使えず
かつ、この惨状を実家に察されると命取りなので、毎月5万円程度のカネで家賃、水光熱、食費などをやりくりせねばならず
全くと言っていいほど、食べたいものを食べたり、着たいものを着たことが無い。
足りない食べ物は炊き出しにならんだり、一時は万引きに手を染めた。

そんな私の生活に潤いを与えていたのは
ネットの無料動画として幾つか見ることが出来るアダルトコンテンツと
図書館の本だった。
いずれも無料だ。
現実の異性にアクセスすることが事実上の不可能のため
1日多い時で10回前後のマスターベーション(射精)を繰り返し
図書館で借りられるだけの本を借りて読んでいた。
本のジャンルは、哲学や文学や宗教などのレッテルが張られていた。

エロコンテンツはともかくとして、いろいろ本を読んでいると
世の中のことが分かった気になってくる。
ロスジェネ、発達障害、ジェンダー論、新自由主義、規律訓練…
まあ、とにかく、自分のいまの苦境を説明する言葉や概念が
手に取るようにあふれてきた。

たしかに世の中の流れは、ここ10年少々の間、ずっと悪い。
私ほどでなくとも世の中の多くの人たちは給料が全く上がらず
いまの生活を維持・しがみつくだけで精一杯。
貧すれば鈍す、外国人差別、生活保護バッシング、ヘイトスピーチのあらわれ。
しかも、見方によっては
それを政治の中枢にいる人々やオピニオンが先導していた。
たしかに世の中全体の流れは悪く、私の苦境もその一部として説明できるのだった。

しかし端的に言って
私はもう少し早く気が付きたかった。
私は私で、自分が負った傷を、自分できちんと味わって直視すべきだったのだ。
どんなに苦しくても。
私は私で、自分がどのようなモノに「負けた」のか、きちんと直視すべきだった。
どんなに情けなくても。
私は私で、自分が女性と関係を持てないことについて、きちんと直視すべきだった。
どんなにカッコ悪くても。

私は30代、人間として溌溂としていて不思議の無い時期を
心を殺して
1つのことすら欲望せず、ただ命をつなぐためだけに生きてしまった。
命をつなぐために、あらゆる欲望を押さえつけ
欲望を持ったら必ずそれが「叶わない」という形で傷つくことを避けまくった。

私はいま40歳になった。
都内の築50年程度のボロアパートにいるが
仕事を2つ見つけ、何とか食っていけるまでには戻ってきている。

私は、自分がかつて逃げたモノゴト
苦しくて、情けなくて、カッコ悪くて、直視できなかったことに
40歳にして「さらに」無様な姿で向かって行くことにした。
(一般論として30歳の男が色々なことを「できない」「知らない」ことより、40歳や50歳になってそれを「できない」「知らない」と正直に言うことのほうがハードルが高い)

私は今日、ドン・キホーテとGUとユニクロと無印良品以外の店で
4000円を払ってトレーナーを買った。
ほぼ10年ぶりのことである。
















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