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田中雄二『TR-808<ヤオヤ>を作った神々──菊本忠男との対話──電子音楽 in JAPAN外伝』

タイトルのTR-808だけではなく、1970年代前半〜90年代後半あたりの日本の電子楽器開発史の本。TR-808の開発者である菊本忠男へのインタビューという形式だが、情報の密度がすごい。ローランドだけでなくヤマハやコルグ、カシオなどの歴史が所狭しと語られる。その歴史も、単に製品のリリースとかをなぞって「このシンセはエモい音がした」みたいな雰囲気コメントをするとかではなく、かなり技術寄りの解説とともに語られる。シンセ好きならめちゃくちゃ面白いはず。

個人的には、70年代・80年代あたりの特許合戦がこんなに熾烈なのを知らなかったので単純に驚いた。たとえば、

73年にFM音源の独占使用権を得たヤマハは、同年にはすでに試作機が完成していたが、製品化を見合わせたのはトランジスタ部品が高価だったという理由とは別に、この「アーレン・オルガン裁判」の後遺症があったため。

という記述があって、この「アーレン・オルガン裁判」というのが本の中で数回登場するけど、その存在すら知らなかった。今はもう80年代くらいの製品の特許も切れて、有名なやつならちょっとググれば等価な回路図も見つかるし使っても怒られないし、いい時代になったんだなあ、としみじみした。そして、そういう特許的な制約も含めて、その時代時代のさまざまな技術的な制約を、エンジニアが知恵と努力で乗り越えていく物語もいちいち面白い。

あと、技術的な話題が中心だけど、ときどき社会状況的な話もあって面白かった。たとえば、

1974年に神奈川県平塚市で起こった「ピアノ騒音殺人事件」が社会問題となり、電子ピアノのセールスを後押しする。ヤマハは一早く「サイレント・ピアノ」を商標登録

という話とか、MIDI音源チップがNTTドコモのiモードが流行ってバカ売れした話とか。日本の歴史、みたいな本を読んでも出てこないけど、シンセ史的にはこういう巡り合わせもあって今があるのか、みたいな歴史に思いを馳せてしまう。

(カバー画像: https://flic.kr/p/tD1j31

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