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法政大学大学院政策創造研究科教授 石山 恒貴先生に執筆いただいた「序文」を全文公開します—シェアド・リーダーシップ入門—

「シェアド・リーダーシップ入門」が販売開始となりました。Amazonなどでお買い求めいただけます(Kindle版も販売開始)。本書は、法政大学大学院政策創造研究科教授 石山 恒貴先生に「序文」を執筆いただきました。今回のnoteでは、石山先生の許可を得て「序文」を全文公開します。

石山先生の含蓄ある言葉は、読者にシェアド・リーダーシップに関わる「謎解き」の方向性を与えてくださいました。無理なお願いを快くお受けくださったこと深謝いたします。


序文 法政大学大学院政策創造研究科教授 石山恒貴


最上氏との出会い

 最上雄太氏と(序文の)筆者の出会いは、2016年12月に実施された人材育成学会の年次大会であった。その大会は、東北大学(仙台市・川内キャンパス)で開催された。同学会の年次大会は首都圏で開催されることが多かった。学会にとっては珍しい地方開催であり、またシンポジウムのテーマは地方創生と人材育成という興味深いものでもあり、大会は熱気に包まれていた。

 ただし大会というものは、どの学会であっても長丁場である。最上氏の学会発表は17時からであり、大会のスケジュールの最後に組み込まれていた。最終時間帯の発表ともなれば、大会に熱気がある場合こそ、その疲れが反動にもなり、やや静けさに包まれることが珍しくない。冬の夕暮れに夜の帳が降りはじめる中、最上氏の発表も静けさに包まれながら始まったように記憶している。ところが、である。筆者にとって、最上氏の発表は会場の静けさを根本から覆す衝撃の内容であった。


タテの壁とヨコの壁

 大会の発表原稿は、紙幅の関係から先行研究の掲載数は必要最小限に限定されることが多い。しかし最上氏の発表には、通例では考えられないほど数多い先行研究が掲載されていた。最上氏が先行研究の渉猟に力を注いできたことが窺えた。そしてその発表の中核こそが、本書で示されるリーダーシップ研究におけるタテの壁とヨコの壁の二項対立であった。

 皮相的にリーダーシップ研究を捉えてみると、すなわち特性研究であると考えてしまうことが多いのではないだろうか。たとえばカリスマ型のように強いリーダーかもしれない。あるいはサーバント型のように、他者に奉仕するリーダーかもしれない。しかしいずれにせよ、リーダー個人にどのような特性があるのかという点に関心がある研究だ。これがタテのリーダーシップ研究である。

 しかし、解明されたリーダー個人の特性が、いついかなる時であっても他者に効果的な影響を与えるとは限らない。そこで、リーダーシップが発揮される状況に研究関心が及ぶ。これが特性研究批判であり、ヨコのリーダーシップ研究である。


実証主義的認識論と社会構成主義的認識論

 タテの壁とヨコの壁は、なぜに二項対立に陥るのか。それは、両者の認識論が異なるからである。Uhl-Bien(2006)によれば、実証主義的認識論とはリーダーシップ現象を客観的に観察可能な実在的な対象とみなす認識論であり、社会構成主義的認識論とはリーダーシップ現象は人々の主観的な意味づけによって相互依存的に構築され、関係的に説明されるものとみなす認識論である。

実証主義的認識論では、リーダーシップは個々の人間関係のなかですでに「組織化されている」様態であり、ある個人の活動の一方向の因果関係(特性論)に還元され、研究は個人レベルの変数を用いて操作的に行われる(Uhl-Bien,2006)。しかし社会構成主義的認識論は、個人の変数に依拠し単純化してしまうリーダーシップの特性論では複雑化する社会と組織の現実を捉えきることはできず、とりわけ社会的プロセスとしてのリーダーシップ現象を看過してしまう、と実証主義的認識論を批判する。したがって社会構成主義的認識論におけるリーダーシップとは、そのコミュニティ独特の歴史的及び文化的における社会的現実が発生するプロセスそのものであり、動的・通時的に捉えるべきものと考える(Dachler, 1992 ; Dachler & Hosking, 1995 ; Drath, 2001 ; Hosking, 1988)。

すなわち、実証主義的認識論はタテの壁の根拠となる。そして、社会構成主義的認識論はヨコの壁の根拠となる。しかし、両者の相克は大きい。実証主義的認識論では、リーダーの特性は客観的に存在し、認識できる本質的なものと考える。しかし社会構成主義的認識論は反本質的であり、世界の本質を反映する正解はないと考えるため、正解であるべきリーダーの特性に疑いを持つ。この相克を乗り越えることは難しいように見える。リーダーシップ研究においては実証主義的認識論と社会構成主義的認識論による分断が生じているとも考えられる。


シェアド・リーダーシップと再帰性

東北大学での発表の際には、最上氏はこの相克について検討を始めたところであった。そのため、その相克を乗り越える方向性が明確に示されることはなかった。しかし、そもそも実証主義的認識論に基づく特性研究(タテの壁)が優位にみえるリーダーシップ研究において、こうした深刻な相克を示したことに最上氏の発表の意義はあった。そのため、筆者はその発表に強烈な印象を抱いたのだった。

この発表をきっかけとして、最上氏と筆者の交流は始まった。そしてこのたび、多摩大学での博士論文の成果に基づき、本書が上梓された。本書の出版に心よりお祝い申し上げたい。そして博士論文を経て、リーダーシップ研究の相克を乗り越える視角として、最上氏はシェアド・リーダーシップに注目するに至った。シェアド・リーダーシップによって相克は乗り越えられたのか。この点は、本書を手に取ることで、まさに読者に判断いただきたいと思う。

最後に付け加えれば、最上氏が用意した相克を乗り越える有力な概念が再帰性である(最上・阿部, 2019)。個人は社会に影響を与え、影響を与えられた社会が再帰的に個人に影響を与える。リーダーは個人の特性を基盤としつつ社会的に構築されていくが、そのリーダーが社会に影響を与え、社会が再帰的に個人としてのリーダーに影響を与えていく。再帰性を鍵概念としつつ、シェアド・リーダーシップは実証主義的認識論と社会構成主義的認識論を架橋できたのか。読者には本書の分厚い記述のエスノグラフィを堪能してもらったうえで、その解釈を委ねたい。


参考文献

Dachler, H. P. (1992). Management and leadership as relational phenomena. Social representations and the social bases of knowledge. 1,169-178.

Dachler, H. P., & Hosking, D. M. (1995). The primacy of relations in socially constructing organizational realities, in D. M. Hosking, H. P. Dachler, & K. J. Gergen (Eds.). Management and organization: Relational alternatives to individualism. Avebury.

Drath, W. H. (2001). The deep blue sea: Rethinking the source of leadership. Jossey-Bass.

Hosking, D.M. (1988). Organizing, leadership, and skilful process. Journal of Management Studies, 25, 147-166.

最上雄太・阿部廣二. (2019). 「再帰的リーダーシップ試論 正統的周辺参加論による関係的アプローチの課題克服可能性とその意義」『質的心理学研究』18(1), 95-115.

Uhl-Bien, M. (2006). Relational leadership theory: Exploring the social processes of leadership and organizing. The Leadership Quarterly, 17(6), 654-676.

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