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【短編小説】天の川 〜連理の竪琴は愛を奏でる〜  第六話

「諏訪君、どうしてここに?」
 焦った美織は諏訪に質問する。
「七月八日の夜、といわれれば普通今夜十九時あたりを想像するだろうな。だが、今夜はこの近くの神社で七夕祭りがあるだろう。それにともなって、警察は交通整理や、酔っ払いが起こす面倒事の処理に追われていた。そこで、オレは気づいた。犯行に及ぶなら、明日よりも祭りで警備が手薄になっている今日の方が、成功率する確率は高いだろうと。だからこそ、七月八日に日付が変わった瞬間の深夜が本当の犯行時刻だと思い、急いでここに直行したというわけさ。オレは怪盗という人種の美学とやらを全く信用していない。いくら美しくごまかそうと所詮は犯罪者だ。だまし討ちはお手の物だろう?」
 諏訪は勝利宣言をするかのように高らかに推理を披露した。
「ずいぶんと嫌われたものですね。でも、推理の過程は間違っていますが、結果的にはお見事ですよ。諏訪刑事」
 有都は諏訪を煽るように拍手をする。その口調は先程までのものとは違い、怪盗アルタイルとして堂々と振る舞っている。
「いつまで、余裕をかましていられるかな。あまり国家権力をなめるなよ」
諏訪は拳銃の安全装置を外すと、有都に銃口を向けた。
「動くな。動いたら撃つぞ」
 これは単なる威嚇ではなく、諏訪は本気で発砲しかねないことを美織は理解していた。
「諏訪君、やめて!」
「これはこれは、また物騒なものを」
 美織は銃をおろすように悲痛な声で嘆願するが、当のアルタイルは余裕綽々という様子だ。これが癪に障ったのか、諏訪は苛立ちを募らせる。
「ヤツを取り押さえろ!」
「はっ! 承知しました」
 諏訪の命令を合図に手錠を持った部下たちが一斉に怪盗アルタイルに飛び掛かる。
「怪盗アルタイル、逮捕する!」
「おっと、危ない」
 怪盗アルタイルはマントを闘牛のようにはためかせて、ひらりひらりと刑事たちをかわしていく。
「うおっ!」
 ぶつかり合う刑事たちを綺麗にかわし切った後、いつの間にか窓辺に立っていた怪盗アルタイルは刑事たちに向けて宣言する。
「竪琴はいただき損ねましたが、いずれまた参りますよ。・・・・・・それでは、また遠い空から愛しの織姫に口づけを」
 数メートル先も見えないほどの雨の中、怪盗アルタイルは向かい風をものともせず飛び出した。空飛ぶ怪盗の名をほしいままにした男は華麗に飛んで行く。そして、あっという間に雷鳴が轟く中、夜空の彼方へ消えた。
「くそっ! 取り逃がした!」
 地団駄を踏んで刑事たちが悔しがる中、諏訪だけが確保を諦めていなかった。即座に気持ちを切り替えて、トランシーバーで警視庁に応援を要請する。
「あーあー、応答願います。応答願います。こちら、諏訪です。七月八日午前零時、ベガミュージアムにて怪盗アルタイルの侵入を確認。連理の竪琴と現場に居合わせた女性職員はともに無事です。怪盗アルタイルは窓から北東に逃走いたしました。おそらく首都高速道路上空を飛行中とみられます。至急ヘリコプターでの応援願います」

しかし、怪盗アルタイルが簡単に捕まるわけもなかった。怪盗アルタイルの捜索が難航する中、ベガミュージアムにも数台のパトカーが到着する。警察が現場検証を進める傍ら、美織は展示室の隅の笹に、見覚えのない色の短冊がかけてあることに気づく。展示室の隅には美術館を訪れた客が自由に願い事をかけられるように三色ほどの短冊を用意していたが、美術館側で用意した覚えが全くないものだった。
(この短冊、少しキラキラしてる、星の砂みたいなのがついてるのかな、こんな短冊、用意してたっけ)
 美織が短冊を裏返す。そこに書かれていた文字は紛れもなく有都の筆跡だった。
「予告状。来年のこの日この場所で、貴女をさらいます。その時こそ、星合いの橋で愛しの織姫に口づけを」
 美織はその短冊を笹から外すと、大事にスーツの胸ポケットにしまった。ポケットの上から抱きしめるように手を当てる。美織は目を閉じて、ただ有都のことを想っていた。

次回ついに最終回!

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