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【短編小説】天の川 〜連理の竪琴は愛を奏でる〜 第七話 #最終話

一年後、七月七日。ベガミュージアムでは開業二十周年を祝うイベントが開催された。記念日にふさわしく、空はどこまでも晴れ渡っている。七夕当日ということもあり、「連理の竪琴」をこの機会に一目見ようと訪れる客の数はとても多い。今年から副館長に就任した美織は、来賓の対応に追われていた。また、一年前に連理の竪琴を守った功績により昇進した諏訪は竪琴をはじめとする展示品の警備でベガミュージアムに訪れていた。厳重な警備が功を奏し、何事もなくイベントは終了した。

「警備お疲れ様でした。諏訪警視」
「こちらこそ、ベガミュージアム副館長さん」
 美織が会釈をすると、諏訪はにこやかに返事をした。

「イベントが何事もなく終わって良かったわ。ありがとう」
「ああ。ここ数ヶ月なりをひそめているが、怪盗アルタイルがここに来る可能性は充分にあったからな。あの派手好きな火事場泥棒はイベントなどの混乱に乗じて犯行を行う傾向がある。しかし、ヤツが唯一盗み出すのに失敗した連理の竪琴を盗みに来るとしたら、今日だと思ったが、杞憂だったようだな。しかし、油断は禁物だ。閉館直後の気が緩んだ瞬間を狙ってくる可能性もあるからな。プライドだけは一丁前なヤツのことだから、このまま竪琴をあきらめるとも思えない」

 その時、警戒心をあらわにする諏訪のトランシーバーに着信が入った。
「あーあー、こちら三階展示室。諏訪警視、すみません、三階の展示室に来ていただけますか」

「部下が呼んでいるので俺はここで。でも、俺もあきらめませんよ、アルタイルのこともあなたのことも。それでは、よい七夕を」
 異例の早さで警視に昇進してなお、諏訪の野望は留まることを知らない。美織に宣言した後、足早に三階へと向かった。

残された美織は窓の外を見ながら物思いにふける。
(諏訪君の読みは相変わらず鋭くて、ひやひやする。私だけが見たあの短冊には、確かに今日ここに来ると書いてあった。でも、有都は来てくれなかった)
 空を見上げても怪盗アルタイルの姿は見えない。
「もう、会えないのかな・・・・・・」
 泣きそうな声で呟く美織。もう一度有都に会いたい、そうしたら今度は手を離さないのに。美織の頭にあるのはそれだけだった。
「美織」
 懐かしい声が確かに聞こえ、美織は周りを見渡す。
「えっ・・・・・・有都の声? 有都? どこ?どこにいるの?」
美織が後ろを振り返り視線を上に向けると、吹き抜けの二階の手すりに有都が腰かけていた。怪盗アルタイルではなく、美織が好きになった昔の有都の姿で美織に手を振っている。有都は軽やかに手すりから飛び降りて着地すると、美織の元へ背筋を伸ばして歩いてきた。
「ただいま」
 有都が微笑む。嬉しいはずなのに、予想外の手段での登場に喜びよりも驚きが先行した美織は困惑していた。
「有都! どうやってここに? もう職員用出口以外全部鍵を閉めたはずな・・・」
「しーーっ、それを聞くのは野暮だよ。だって僕は、怪盗アルタイルだから」
 美織の口に人差し指を押し当て、決め台詞のように告げた。
「美織、綺麗になったね」
 有都は美織の目を見てそう言ったが、言い終わった後急に恥ずかしくなり思わず目を逸らす。
「ありがとう、有都もかっこよくなったね」
「え、そうかな」
 美織に褒められ、急に焦った有都はそれ以上何も言えなくなってしまう。しばらく沈黙が続いた後、有都は頭を抱えた。
「ダメだー、アルタイルの時は何でも言えるけど、素面で言うのは恥ずかしいな」
 有都は意を決したように深呼吸する。そして、目にも止まらない速さで怪盗アルタイルの姿に変身した。
「予告通り、君をさらいにきたよ、僕だけの織姫様」
 怪盗アルタイルはキザな口調で堂々と美織に告げる。そして美織に向かって手を伸ばした。その変貌ぶりに美織は一瞬困惑したが、愛しさが勝った。
「おかえりなさい、彦星様」
 美織は有都の手を取る。

しかし、すぐにその場に刑事が現れ、大慌てで応援を要請した。
「こちら竪琴の展示室、怪盗アルタイルが現れました、諏訪警視、至急応援願います」
 諏訪は十数秒も経たないうちに展示室に駆けつける。
「警察だ! 怪盗アルタイル! やはり現れたな! 警察の威信にかけて、竪琴には指一本触れさせない」
 諏訪は銃口を怪盗アルタイルに向けて威嚇する。
「お久しぶりですね、諏訪刑事。でも、あいにく今日は竪琴を盗みに来たわけではないんです。だから、今宵だけは見逃していただけませんか?年に1度しかない七夕ですから」
 有都は美織の肩に手をまわして、諏訪にお願いをする。それを見た諏訪は全てを悟った。
「なんだ? こそ泥からは足を洗ったというのか? こちらも美術館で拳銃をぶっ放す趣味はないさ。だが、もしこれ以上窃盗行為を重ねたり、善良な一般市民の“お嬢さん”を傷つけるというのなら今度こそお前を牢獄にぶちこんでやる」
 六年前の意趣返しとばかりに諏訪はかつてライバルだった男に含みのある言い方で宣言する。
「諏訪くん……」
 怪盗アルタイルは強い決意に満ちた声で宣言する。
「もちろん・・・・・・二度と愛しの織姫を泣かせるつもりはありませんよ」
「ふん、とっとと行け」
 諏訪は拳銃をおろした。それと同時に、怪盗アルタイルは勢いよく窓を開け放つ。

怪盗アルタイルは、美織を抱き上げると、窓の外へと飛び出した。そして、そのまま空高く上空へと飛んでいく。美織は、目を閉じて彼に強くしがみついていた。そして、二人は東京タワーのてっぺんに降り立った。地上三三三メートルから見える夜景は、ビルがひとつひとつ星のようにきらめきを帯びて、まるで天の川のようだった。
「美織、目を開けて。これが見せたかった天の川だよ」
「綺麗・・・・・・!」
 二人だけの天の川に感動する美織。愛しい織姫に向かって、彦星はもう一度愛を告げる。
「美織、君を愛してる」
 雲一つない空。東京の星たちが、ひとつひとつ輝きを増してゆく中、怪盗アルタイルは、美織を抱き寄せると口づけを交わした。これは、空飛ぶ怪盗と竪琴を奏でる現代の織姫の、誰も知らない二人だけのおとぎ話。

※この物語は松山優太オリジナル曲「天の川」の世界観を元に綴られた作品です。

天の川/松山優太

★★★★★★★
ご愛読ありがとうございました。
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現在この物語のボイスドラマを製作中です。
公開をお楽しみに!

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