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ユタラボ Interview⑦|豊田 弥生さん

「益田って良い街じゃん」と世代問わず思える人を増やしたい。
そう語るのは、益田生まれ益田育ちの豊田 弥生さん(弥生さん)。
今年の4月にユタラボに新たに加わったメンバーの1人だ。

弥生さんがこれまでどんなことを経験し、その出来事から何を感じていたのか。そして、ユタラボに入った経緯やこれから益田で挑戦したいことは何なのでしょうか。

 地域の人や家族の協力を得ながら

ーユタラボ入社前、どんなことをしていたのでしょうか。

中学卒業後、高校に入学しましたが16歳で妊娠したことが判明。高校1年で退学することになりました。ただ、高校卒業資格が欲しかったため、翌年に通信制高校に再入学しました。

高校を卒業して2人目を授かったこともあり、しばらくは子育てをしながら時間を見つけて勉強をしたり、車の免許を取りにいったりしていました。高校卒業後、近所の人に誘われた生命保険のセールスを半年間勤めました。職場の雰囲気によって人の対応が違うことを感じたり、自分が人にされて嫌だと思ったことは相手にしないよう心がけ始めましたね。

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ー幼少期から人の気持ちを考えるのが得意だったのでしょうか。

住んでいる地域は子供が少なく、複式学級が当たり前で。
一緒に生活する時間が長かったので、嫌な部分が見えても付き合わなければいけない中で思うところはありましたし、自分の発言で相手がどう思うのか気にしてしまい、自分の考えや意見を言えないこともありました。

ー話を戻しますが、生命保険でのセールス経験の後はどうでしたか。

仕事をする上では家族の理解を得ないと自分がしんどいなと思うようになりました。
そのしんどさが家庭や子どもの対応に響いてしまうと感じていたので、旦那さんと相談しながら子育てに負担にならない程度で働こうと意識していました。
(パートで事務仕事をしたり、釣具屋さんのレジ打ちをしたりしてました。)

ーユタラボの前職が公民館主事だったかと思いますが、公民館主事になるきっかけは何でしたか。

釣具屋さんのバイトを辞めてしばらく療養し、そろそろ働き始めようか考えていたときに地域の人に「これから若い人に関わってほしいから、公民館で働いてもらえないだろうか」と言われました。

実は、その時には別の場所で働き始めてたんです(笑)
それを聞いた地域の自治会長さんがその会社の社長さんに、公民館職員としてわたしを働けるようにできないかと直談判したことで、公民館職員として働くことになりました。

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ーそれだけ地域の人は弥生さんに公民館で働いて欲しかったのですね。
実際に入られて、どんなことをされていましたか。

公民館職員になるまで、公民館がどんな役割をもっているのか、どんなことをしているところなのか知りませんでした。
当時は、市役所業務を有していた地区振興センターだったので、住民票発行や申請書の受付、問い合わせ対応といった市役所でやっているような仕事をしたり、地域づくり事業を行っていました。ホタル祭やふるさと祭り、地域の地区民運動会などのイベントの準備・当日の運営が主な仕事でした。

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自分にできることを悩んだ日々

ー公民館は長い期間働いていたと思いますが、なぜ次の道を選ばれたのでしょうか。

産休・育休を取得しながら、9年ほど働いていました。
公民館で仕事をする中で自分に何ができるのか、もし公民館を辞めた時に自分には何の武器があるのかと考え始め、資格が欲しいと思ったんです。そして、公民館を辞め、西部高等技術校(公共職業能力開発施設)に入り直すことに決めました。

公民館主事として働いている中で社会教育主事講習などの研修を受ける機会があり、学ぶことが嫌いではないと感じていましたし、西部高等技術校で学ぶと決めたわたしを公民館長をはじめ、多くの人が応援してくれました。

ー大人になってまとまった期間を学びに費やすこと、これは勇気のいる選択だったのではないかと思いました。

まともに高校に通っていない分、学びに対する憧れがあったんですよね。
西部高等技術校に通っていたのですが、朝から夕方まで座学とパソコンの実習、検定を受ける中で、誰かと一緒にいることで自分が頑張れることを身をもって感じた1年でした。
10代から60代まで多様な世代と過ごした時間は楽しかったですよ(笑)

ーそして、ユタラボに入ることになったと思います。入社した決め手はどこでしたか。

代表である檜垣さんに声掛けしてもらったこともありますが、旦那さんからの後押しが大きかったです。

技術校に通っている間も次に向けた就職活動をしており、様々な企業を受けていました。
公民館でやってきたことを活かせるのはここしかなかったと思いますし、自分の力を評価してくれていたのはありがたかったので、ユタラボで頑張ってみようと思いました。

また、わたしの価値観もユタラボにいることで広がるかもしれない子どもたちにもいい影響を与えられるのではないかと感じたこともユタラボに入った要因でした。

図1

益田で育った自分だからこそ、伝えたいこと

ー益田にずっと住んでいる弥生さんから見て、益田の良いところはどんなところでしょうか。

「益田に何もないと言ってほしくない」と言いながらも、わたし自身は益田に魅力的なところがあると思っていませんでした。この環境が当たり前だと感じていたのかもしれません。自然があるのも、蛍が飛んでいることも、住みやすいのも当たり前で、嫌いじゃないけど魅力的ではないと。

そのため、ユタラボで働く人が益田が魅力的な場所だと思っているところが魅力だと感じていますし、「魅力的な街だ」と言ってくれる人がいる街であることが益田の魅力である気がします。

わたしは益田の夜空や晴れた日の海の景色が大好きです。これらは益田でしか見れない景色の一つ。だからこそ、「益田でしか見れない景色やできないことがあるんだよ」と子どもたちに伝えていきたいです。

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ー最後に、ユタラボで今後チャレンジしたいことを教えてください。

わたしのように益田の色々なことが当たり前だと思っている人に、違った視点から見えるものを知ってほしい。そのきっかけにわたし自身がなれればと思っています。

「益田って良い街じゃん」と世代問わず思える人を増やしたいです。
親をはじめとする上の世代が「益田には何もない」と話していると、子どもたちはそう思いながら育ってしまいますよね。なので、益田は魅力が詰まっている街だと気付いてもらえるように頑張ります。

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先日、山陰中央新報でこのような記事が出ていました。

まさに、弥生さんが最後に話されていた

親をはじめとする上の世代が「益田には何もない」と話していると、子どもたちはそう思いながら育ってしまいますよね。

この言葉を示す結果が、先ほどの記事に表れていたように感じました。
わたしたちユタラボは、中高生の学外での取り組みを応援するだけではなく、大人の仕事外の挑戦もサポートしているので、「益田には何もない」と感じている人の価値観を少しずつ変えられるように頑張ります…!

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