見出し画像

長さと感覚

短距離選手あるあるだと思うのだが、300mくらいまでなら、そこそこ正確に長さを言い当てることができる。

私が練習をしているトラックは、かなりいびつな形状で、一周が何メートルあるのかよくわからなかったのだが、走った感覚として、250mよりも若干短い、と常々感じていた。230mと240mの間かな、と踏んでいたが、最近になって、一周が230mであることを教えてもらった。

同じように、時間に関してもかなり正確性がある。100mを12秒5で走れ、と言われたら、12秒2から12秒8の間で走れる短距離選手は多いと思う。

どのようにして時間や距離を測っているのか、と聞かれても、「感覚です」としか答えようがない。距離は“なんとなく”わかるし、走ってると、“なんとなく”そのタイムになるのだ。絶対音感のようなものに近いのかもしれない。

「絶対」の反対が「相対」であることからわかるように、通常我々は、時間や距離を相対的に感じている。「長い」や「短い」というのは、比較対象があって初めて成立するものである。

5年という時間が長いのか短いのかは、その比較対象に何もをってくるかによって変わってくるだろう。蚊の一生と比較すると永遠だろうし、太陽の一生にとっては一瞬だ。

人間の一生と比較すると、5年というのはなかなか絶妙な響き持っているように思う。長すぎるということはないが、無視できない時間だ。

2015年9月15日、私はフランスにやってきた。今から約5年前の話だ。フランスにやってきて最初の数ヶ月は、どのようにしたらフランスにきちんと滞在し続けられるのかがよくわからず、とても不安だったことをよく覚えている。毎晩、“不本意ながら”日本に帰国せざるを得ない夢を見ていた。本当に、毎晩。

つい昨日の話だが、申請をしていた滞在許可証が承認されたという連絡を受けた。まだ滞在許可証の受け取りがいつになるかは確定していないが、昨年10月から始めた申請の手続きが、ようやく完了したのだ。正直この状況下なので、今年中の承認は難しいかな、とも覚悟していた。

少し説明。私は今まで学生の身分での滞在許可証を持っていた。労働許可付きの滞在許可証に切り替えるためには、通常日本に帰って申請し直さなければならないのだが、私の場合、フランスで修士号を取得したため、フランスにいながら労働許可付きの滞在許可証の申請をする権利があった。ただし、それをするためには、フランスで仕事を見つけるか、起業することが条件だった。私の場合は後者の条件が該当したため、フランスで新たな滞在許可証の申請を行なっていたのだ。

嬉しさあまって、色々な人に連絡をしてしまったのだが、その時にある人から、「5年でそこまでたどり着けたのは、すごく早い」といった主旨のことを言われた。香水関連の仕事をしていたわけではない、さらにはフランス語もきちんと喋れない状態から、香水ブランドを立ち上げるに至るまでの期間として、その人にとっては、5年は短い、と感じたようだ。

私はこの5年間をとても長く感じている。その理由は、「もっと短くだってできた」と思っているからだ。語学学校に行ったり、MBAを取得したり、他のプロジェクトに首を突っ込んだりしながらここまでたどり着いたわけだが、別にMBAを取得しなくても香水ブランドは作れたし、他のプロジェクトに関わっていなければ、もっと早くに自分のブランドを作ろうと動いていたかもしれない。
他のプロジェクトについては、こちらを参照。

このように考えると、私は、「もっと早くここまでたどり着けたであろう世界線」と比較して、道草はみはみの現実を「長い」と感じているのだろう。一方で、外から見ると、それぞれの出来事を点と捉えて、それらをシュッと真っ直ぐな線で結ぶことによって、私の5年を「短い」と認識しているのではないか思われる。

ここまで書いて、だいぶ前に読んだ、吉田篤弘さんの『空ばかり見ていた』という本のことを思い出した。吉田篤弘さんをご存知ない方でも、もしかしたら「クラフト・エヴィング商會」なら聞いたことがあるかもしれない。

その本の中の一節で、クネクネした長い廊下のある美術館があって、そこを通り抜けて振り返ると、クネクネしたはずなのに、その廊下が真っ直ぐに見える、といったような描写があったように記憶している。全くの記憶違いかもしれない。手元に本がないので、もし誰かご存知の方がいたら、実際はどういう内容だったか教えていただきたい。

きっと人生はそういうものだろう。その中を生きている人にとってはクネクネで道草はみはみなのだが、外から見ている分には、真っ直ぐな美術館の廊下に見えるのだ。

ここから先の5年は、どのようなものになるのだろうか。きっと私にとっては、クネクネしていて、道草はみはみの道中になるのだろうが、そんなことをしながら、どこにたどり着くのか、若干の不安もありつつ、とても楽しみでもあったりする。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?