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なんだかんだ一番一緒に過ごしてるあいつ①

お疲れ様です。毎日暑くなってますね。真夏生まれながら夏が1番嫌いな自分にとっては地獄の入り口のような季節。かつて、漫画ドラえもんの中でのび太君が「冬は着込めばいいけど、夏は裸になっても暑いんだよ」と言いました。当たり前のことです。でも夏の理不尽さを説明するのにこれ以上に納得感のある答えにはまだ出会えてないです。

さて、話変わって僕はiPhoneユーザーですが、スクリーンタイムというどのくらい画面を見ていたかが分かる機能があります。知らないですが、同じようなのがアンドロイドでもあるのかもしれません。

週間レポートという形で、どのアプリにどのくらいの時間を費やしてるのかが分かる通知がきますが、なかなかの個人情報というか、Appleにめちゃくちゃ弱みを握られてる気がします。

スクリーンタイムは子供がAppleのデバイスを使用するにあたって、親が必要に応じて制限をかけたり、管理できるようにするために導入された機能のようです。そしてスクリーンタイムをチェックし始めた頃から、スマホとの付き合い方を何となく考え始めました。

振り返ってみると、スマホが日常的に出回り始めたのは確か僕が高校生の時です。そこから約10年くらい経ったのが今現在。その間何の変哲もなく普通に生活してるように思ってたけど、時の流れと10年前と変わったことをよく考えるとスマホによって、訳の分からないスピードで世界が一変してしまったなと感じてしまいます。

世界中の街での光景、電車での光景、時間の使い方、コミュニケーション、決済方法。携帯とかパソコン、ゲームとかのデジタルデバイスはもっと前からあったけど、変化の加速度が違いすぎる。

今はスマホありきの生活が深くまで浸透しきった感があって、それが当たり前で、ないと死ぬんだけどみたいな感じです。なかった時の生活がもはやあんまり思い出せないし、何をして時間を過ごしてたんだとさえ感じます。大人になってからスマホが出始めた世代はそこまでじゃないはずですが。

ようやく本題。世界中の人たちが隙あらば画面に釘付けになるようになった世の中。スマホでたいていのことができて便利になったし、無限にコンテンツがあるし、手放せないことは間違いないんですが、、、。得るものは多いけど失うものも割とあったりするなと思ったりします。以下、自分の実感ですが。

まずスクリーンタイムを見て一目瞭然ですが、めっちゃ長時間使ってます。毎度これだけ時間あれば色々できただろうにと思ってしまいます。これだけ時間を支配されてるってことは自分の人生も支配されてると言えなくもないなと。あとちょっとやっかいなのがスマホをずっと見ていても、脳からドーパミンが出てるからか何となく満足感があって、中毒的にまたずっと見てしまうところ。楽しいからいいやとなります。時間が支配され続ける理由ですかね。

情報量が多すぎて、何が正しいのか分からない時もあります。どれももっともらしいし選べないし、何か自分に都合の良さそうなこれを信じることにしようみたいなことの繰り返しだったりします。自分の判断力が揺るがされて、右に左にブレまくってる気しかしないです。自分の判断軸がなくなりかねないなと恐々としてます。

後半へ続く



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