海と私
私の地元は東北の最北端の半島、「下北半島」だ。
鉞に似た形状からマサカリ半島とも呼ばれる。
外は津軽海峡、内は陸奥湾と様々な海を楽しむことができる。
地元に住んでいた頃は海が近くにあることはごく自然なことで、海へ行けば誰かいるという環境です。
そんな中、私は海が大好きであり、反対に海への恐怖もあるのです。
話はさかのぼり、私がまだ5歳の頃、おそらく私の中で一番記憶が古いもの。
の中で、ある事故が起こりました。
それは今でも目を瞑ればはっきりと当時の映像がスローモーションで流れます。
当時保育園に通っていた私は仲のいい友達二人と保育園の向かい側にある砂浜でサッカーをして遊んでいました。
陸奥湾に面しているその海は普段から穏やかで、保育園のプール代わりにも使われるくらい遠浅の海辺でした。
そこでサッカーボールを夢中で追いかける3人。
1人が蹴ったサッカーボールが海の方へ行ってしまい、驚くことに一瞬にして30メートルほど先へ流されてしまったのです。
当時はそう思ったが、実際は20メートルほどかもしれない。
その時に気付けばよかったんですが、友達の一人がバシャバシャとそのボールを追いかけて行ったのです。
「まてー!」という掛け声とともに。
結局それが彼の最後に聞いた言葉になりました。
結局ボールも友達も見当たらなくなり、たまたま見ていた近くの老人が通報してくれたおかげで、大人たちが処理してくれました。
そう、その友人はそのまま戻ってくる事は無く、彼も大好きだった海と一体化してしまったのです…
当時は何のことかわからず放心状態で、友達が亡くなった実感がなく、時間が経つにつれ段々と分かってきて、号泣した記憶があります。
原因は、数年に一度訪れる、突然ピンポイントで潮の流れが激しくなり浅瀬から沖に流されたのだという。
今回は偶然にも当時幼かった友達とボールが流されてしまった。
それから数年間は海の事が嫌いになり、見るのも嫌だったくらい。
しかし、海は日常生活で必ずと言っていいほど視界に入ってくる。
「ほら、私の事を嫌いにならないで」
と言わんばかり、海は私に問いかける。
小学生になったある日、とても嫌なことがあった日、体は自然と1人海へ向かっていた。
時間は夕方5時半くらい。
海辺に着いたらまずその美しさに驚いた。
夕日がとんでもなく奇麗。
今まで友達の死からわざと海を避けていた私は、思わず涙した。
その時思った。
(あぁ、本当は海が好きでたまらないんだ)と。
それからいつの間にか何かあるごとに1人夕方の海に行き、砂浜へ座り込みながら、海と会話する時間を過ごした。
だって、どんな悩み事も海が元気づけてくれるから。
まるで、亡くなった友達が導いてくれるように。
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