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〜大学アメフト部での4年間〜

はいどうもー「さぎたりうす」でーす!
よろしくお願いしますーということでね、始まりました。
せっかくなんで名前だけでも覚えて帰って下さいねー言うてますけども

今日は、小学校2年生から高校3年生まで野球をしていた野球少年が、心機一転大学から体育会のアメフト部に入部して………というトピックどぇす。

きっかけは高校3年生の部活動が続々と引退していく時期でした。僕ら野球部が引退し、クラスの同期のアメフト部が「引退試合見に来て!」と誘ってくれたのが始まりです。結果は結構な大差で負けましたが、僕にとっては「アメフト」というスポーツの面白さに一瞬で気付けたことが良かったです。
一気に興味が湧きました。

大学でアメフト部に入ろう。

ここで決断しました。入学が決まっていた大学のアメフト部は一般の学生も歓迎ムードだったことがわかり、なお良しでした。

アメフトを新規で始めるにあたっての初期費用はざっくり30万はかかると友人から聞き、怯えましたがお金の面なんかで諦めるほどの好奇心ではなかったため「自分で全部工面してやんよ」ってことで稼ぎました。

結果アメフト防具一式やチームグッズ、ユニホーム等を合わせると30万は超えていましたが、10月くらいから毎月20万ほどホテルの配膳バイトで稼いでたので、ほとんど良いグレードの防具を買いました。笑

いざ入部すると最初は練習に入ることなどなく、体作りや体力作り、アサイメント講習や練習の補助。
まぁこれは当然ですね。誰もが通る道でしょう。

気づけば2年生。1年間大脇役でほぼ初心者のまま2年生に上がってしまいました。
雑用のために、往復3時間雨の日も台風の日も電車と原付に揺られ、通っている自分に嫌気がさして、帰りの電車でツーっと涙が流れる事もありました。
この時のモチベーションとしては、練習前後の着替えの時間で同期とわちゃわちゃする事でした。笑

僕が選択したのは、クォーターバック(QB)と呼ばれるポジションで野球でいうピッチャーとキャッチャーを兼ね備えたような役割のポジションです。
当然、未経験から試合で活躍するまでの道のりは先の見えないものでした。練習に入りミスをしては、他の選手の練習にもならない、なぜなら全てのプレーに絡むからです。
そんな2年生でした。
雑用することはもちろん、この時直面した問題は「イジメ」です。
服を切られたりもしたことを今でも覚えています。
その時はほんっまに、殺意さえ芽生えたこともありました…。まぁ結果的に僕をいじめた人が引退する時、その人に対しての感情は『尊敬』に変わっていたことも印象深いです。(これも年頃による心情の変化です。色々ありました…。人間ておもしろい)

3年生では、イメージでいくとそろそろ試合にでて、試合慣れをした上で技術を向上していくことが求められます。中ではチームに必要不可欠な役割で活躍する同期が多く増えてくる学年でもあります。
一方僕はというものの、当時遅刻を1回すれば五厘刈りというルールがあるにも関わらず、遅刻した僕は、しょーもない言い訳をあたかも正論かのように言い放ち、五厘刈りをしないでいました。
当然、上との関係が悪くなり全てが下降気味に。
結果から見ると秋シーズンのすべての試合は、ひとつ下の学年のQBで戦いました。

蓋を開けてみると、全く試合経験のない4年生QBが出来あがりました。
多分これを、ライバル大学の選手が見たら笑うと思います。
しかしここで、ひとつ下のQBが試合にで続けて、それを控えとして見守るような立ち位置では、当然満足ではありませんでした。
一念発起、僕は奮起しました。
これまでしなかったことを意識的にしたり、筋トレ数値でも自分の数値を更新し続けました。
練習では「自分のオフェンス」にこだわり、僕が率いるオフェンスという概念を植え付けるように意識しました。これが心地よく感じるように毎日です。

それが功を奏し、4年生でのラストシーズンは全ての試合、QBは僕で戦いました。楽しかったです。
成功したプレーも失敗したプレーも。
オフェンス全員との結束が目に見えて、チームプレーの良さを本当に痛感しました。

特に印象深い出来事があります。
オフェンスの試合に出るメンバーに、おとなしいいじられキャラの小柄な2年生オフェンスライン(OL)がいました。いつもは先輩からいじられるのを笑顔で返す程度のコミュニケーションでしたが、ある試合で劣勢になり士気が目に見えて下がった瞬間がありました。そこで大声を張り上げて喝を入れてくれたのが、その2年生OLでした。「情けない顔すんな、絶対勝つぞ」その時絵に描いたように上回生全員が奮い立ったことを鮮明に覚えています。今でもこう書きながら目頭があつくなってます。笑
チームスポーツのいいところ、こうやって絆が生まれるんだと身をもって実感しました…。

結果は4勝3敗、勝ち越しで4年間の青春は幕を閉じました。

入学式の日、「アメフト部に入りたいです」と自ら勧誘するアメフト部の先輩に申し出たところから、4年生で最後の試合をして号泣するところまで、この記事には事細かく書くことは出来ませんでしたが、山あり谷ありの4年間だったなと思います。
アメフト的に楽しかったのは4年生だけかな。笑

長々読んでもらい、ありがとうございます。

とぅー びー こんてにゅー
これからは山ほど投稿していくよん
読んでくだせ