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宗教を信じるということについて。

宗教を信じると言うことについて書きます。

近年話題の宗教2世。

それ私です。
母がエホバの証人でした。

宗教2世ってなんかよく考えたら不思議な言葉。

一般的な仏教とかカトリックとかだと言わないですね。
いわゆる、カルトと呼ばれるような歴史の浅い宗教にのみ使われている。

全く関係無い人からすれば、もしかしたら少し憐れな感じがするでしょうか。

まあ私は当事者なのであまりよくわかりませんが、日本国内ではそういった一種のカテゴライズをされているとは感じます。

今回私が書きたいのは、宗教2世がどうのこうのというわけではなく。

宗教って、けっこう良いもんだと思う。
ということです。

もちろん自分を苦しめるような、極端な献金とか肉体的精神的搾取があるような宗教は、考えた方が良いと思います。

だいたいの日本人がしている、いろんな宗教の良いとこ取りって、けっこう良いよね。
という話です。


私の宗教

2世ですが、私はエホバの証人ではございません。

産まれる前から母と姉と集会に行き、不真面目ながらある程度の勉強はしました。
たしか高校生の時に集会に行くのを辞め、勉強を辞めました。
バプテスマ(いわゆる洗礼)も受けていません。

そんな不真面目ガールだった私が何故「宗教って良いもんだよ」などと言っているのかと言うと、2つ理由があります。

1つ目は、
「内面を成長させることができる」
ということ。

2つ目は
「頼るものがあるというのは救われる」
ということです。


「内面を成長させることができる」

宗教の教えって、極端なものを除けば大方は良いことを言っています。
私の経験で言えばですけど、大方そうです。

愛、自己犠牲、家族を大事にすること、真面目に働くこと、勉強すること、嘘をつかないこと、、、

仏教もキリスト教も神道もまぁまぁそうじゃないですか。
だいたい自らの精神と行動を向上させるように教えている。

地獄に堕ちるぞ!、とか脅しつつも何故脅かすのかと言うと、やっぱりみんなに良い人であって欲しいから。

上層部の金の為だろとか、政治と絡んでるだ!とかも有るでしょうけど、一旦置いといて。

大勢の人に受け入れられる教義というのは、大勢の人が納得する、良いことが教えになります。

それを学び、自分の生活に当てはめる。

内面が向上するというわけです。

私のような不真面目ガールも、今となっちゃ幼少期に学んだ聖書の教えに大変感謝をしています。

相手に親切にする
相手の短所をみる前に自分を直せ
行動の無い信仰は意味がない
とか。

こういった教えを早いうちから勉強することで、内面を早く成長させることができました。

自分で言うのもナンですが、自分の穏やかな性格はこれで作られたのだと思います。


「頼るものがあるというのは救われる」

私は集会に行っていた頃から、個人的に祈るということはあまりしませんでした。
まだ学生で、助けを求めて祈るような環境に無かったからかも知れませんが。
ただ集会の前後には必ず祈りがありました。

集会に行かなくなり、信仰から離れていっても、しばらくは他の宗教の神を信仰する行為はなんとなくすることができませんでした。
神社やお寺で手を合わせたりも、エホバの証人としては他の神の偶像崇拝となるので、いけないことだからです。
ここ最近ですね、割り切って手を会わすことができるようになったのは。

神社に行き、

お賽銭を入れて、

礼をし、

手を合わせ、

また礼をする。

「今年一年ありがとうございました」

「来年も元気でいられるよう、見守ってください」

「一級建築士になれますように」

「実力を出せますように、どうか」

「全力を出せました。ありがとうございました」

そんなこんな、心の中で唱え祈ったあと。

スーッと心が軽くなった。

正直、別に信じている訳じゃない。
日本全国あちらこちらにある故人道真公の出張所に祈って、たとえその霊がいらっしゃるとしてもそのボスが聞いてくれる?

そんなのわからん。

でも、祈れるというのは頼れるということ。

心中を吐露し、ああもう大丈夫だと、心配ごとをちょっと脇に置くことができる。

これってすごく。

「良いじゃない…」
と、10年ばかり「祈る」という行為をしなかった私は感じました。

祈っている人も、100%丸投げできるとは思っていないでしょう。
でも、自分の責任を1%だけでもよそにやれば、なんと心救われることか!!

私が宗教2世で、祈るということを特別な、少し神聖な行為だと思い込んでいるからかもしれません。
でもそんな効果が無ければ、新年早々初詣に行くこともしないはずです。


宗教って、けっこう良いもんだね

宗教2世だった私も、今となっちゃ立派な無宗教日本人です。
日本人らしく色々な宗教の良いとこ取りをして、好き勝手暮らしています。

それで良いんじゃあないかと思う。

「信じている宗教がある」
素晴らしいじゃない。

クリスマスして除夜の鐘聞いて初詣
良いじゃんね。

2世として、自分もその宗教を信じて立派になり、幸せに暮らしている人
私はたくさん知っています。

こわいとか
高尚だとか
そんなお堅いものじゃないと思う。

宗教は近すぎて、離れられない、政治や文化にまで入り込んでいる。

たぶん大概の日本人の方はそんなん当たり前やんけと思うでしょう。

私は大きくなって、改めて色々な宗教のことも知ったから、ようやっとそう思えるようになってきました。

日本人最先端すぎ。

宗教って、けっこう良いもんだね
という話でした。


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