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木材と手がくっついて外に出られなくなった僕が、この世が天国だって思えた夏の日

テレビから「暑さに注意し、なるべく外出は控えて、涼しい室内でお過ごしください」と、アナウンサーの声が聞こえてきた。
その日は猛暑で、じっとしてるだけで、汗がたれる。汗をぬぐおうとするが、僕はそれができなかった。なぜならそのとき、僕の両手は、木材とくっついていたからだ。

「瞬間接着剤って、ほんとに瞬間だった。」

DIYにはまって、数ヶ月。
部屋には、細長い木材の束と、やや斜めにきれた板材が転がっている。玄関に鍵をおける小さなデスクがほしいと思いつくることにした。4本の木材と天板をくっつければできるだろう・・・。通販で天板を買い、近くのホームセンターで、デスクの足となる木材を買って帰ってきた。

張り切って買ったマキタのインパクトドライバーで、まず木材に下穴をあけていく。その後、ビスをうちこんでいくのだが、どの大きさがいいのかわからない。DIY組み立てキットと違って、ビスが付属されているわけではないので、自分で大きさを選ばなければならない。「これがいいんじゃないか」と、まるで恋人に花を選ぶように、僕はたくさんのビスを手に取り、ウンウンうなって選んで買った。

「釘をうったほうが早いのでは・・・」と思いながらも、せっかくビスも買ったし、なによりインパクトドライバーは結構な出費だ。なんとかもとをとりたい。しかし、DIY初心者・・・。何度もビスをうちこんでみるのだが、うまく入っていかない。

そう考えて作業しているうちに、ビスの頭が丸くなり、回転しなくなった。回転しなくなったビスは、うんともすんとも答えない。たった数センチ埋まっているだけなのに、全く動かないのだ。しびれをきらした僕は、無理やり引き抜いてしまったが、これがよくない。木材に、ヒビが入ってしまった。

あんなにキレイな木材だったのに・・・。なくなったときに思い出す、キレイだったときの残像よ・・・。
なんとか元にもどせないかと、試行錯誤してみる。

そういえば、瞬間接着剤があったな。
ヒビの間に接着剤をいれて、くっつけることができれば、なんとか修復できるかもしれない。早速、木材のヒビに接着剤を流し込む。そして、木材の割れをくっつけようと、力をいれようとしたそのとき、ある異変に気づく。

手が、木材から離れないのだ。

焦った僕は持っていた接着剤をおき、右手で、なんとか木材を引き離そうとするが、自分の子供だと主張する「大岡裁き」かと思うくらい、木材は僕の手を離してはくれない。

無理やりはがそうと試みるが、皮膚を傷つけてしまうかもしれない、と頭をよぎる。ふと右手の力を緩めたとき、もうひとつの異変に気づく。

右手から、木材が離れない。

よく見ると、ヒビの間から瞬間接着剤が垂れてきて、木材と親指の間に、流れ込んできていた。そうして、わたしの両手は、木材に固定されてしまった。

その間、おそらく5秒もないくらいの出来事。
瞬間接着剤って、ほんとに瞬間だった。

暑さの中、冷や汗なのか脂汗なのか、とにかく汗が垂れてくる。頭がボーっとしてくる。テレビの特番のニュースとかでみる、モップがお尻から抜けない人や、フェンスから頭が抜けなくなった人みたいに、僕も扱われるかもしれない。タイトルをつけられるなら、なんだろう・・・。「怪奇!両手が木材男!」みたいな感じで、立木さんのナレーションがつくんだろうか。

それは、それで面白そうだな、と玄関に続くドアを開けようとした瞬間、出られないことに気づく。あたりまえだ。90センチの木材を横にしたまま出られるはずがない。体と重ねるように、縦にしてみるが、それだとドアノブが回せない。誰か向こう側から、ドアを開けてくれないと、外に出ることができない。

「こんなキレイな木材を濡らすなんて・・・」
こんなことになるなら、ニスを塗っておけばよかった。オイルを塗って、防水加工にしておくべきだった。

僕は、キッチンの蛇口をひねり、お湯をだす。できる限り、熱い湯をだす。いきおいよく出るお湯に、左手をつっこむ。熱い。お湯は、木材をたどり、床を濡らしはじめる。粘着力がゆるくなる手応えを感じつつ、ゆっくりと木材から左手をはがそうとする。そうして、あらがっていると、左手は木材からはがれた。続いて、右手もつっこみ、しだいに右手も自由になった。

天国だって、思った。

ハンドリクリームで、指に残った粘着をはがしていると汗がたれてくる。汗を肩で、ぐいっとぬぐう。

不便を実感できないと、人は成長できないものか、と僕は僕に問いかけながら、ビニール手袋をつけ、瞬間接着剤を持ち上げると、ゴミ箱に捨てた。

おしまい


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