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引き千切る叫び/ショートショート

【498】

これで何度目の口論だろう。
年上のボクが感情を制御出来なければならないはずなのに。もう我慢ならないと運転席で声を上げる。それはフロントガラスから反響するようにして隣に座る君へと降り掛かる。

一体何がそこまでの気持ちにさせたのかは覚えちゃいない。それよりも脳裏に残っているのは君のその後の行動だった。
「私、怒鳴る男って本当に無理だから。ここで降りるわ」
そう言い放ちシートベルトを外しドアノブに手を懸ける。
「何言ってるんだ!ここは大通りだぞ。死ぬ気かよ」
片側3車線の夜の道路。
そんなところだろうとお構いなしになるところが君らしいと言えばそうだ。
「関係ないでしょ。ここから電車で帰るからいいし」

「おい、待てって」
そう言って君の手を強引に引こうとしたとき乾いた音が聞えた。
ブチッ。
咄嗟に僕が掴んだ君の着ていたコートがどこか裂ける音だった。

わがままな女だと君自身も自覚していた。
「私はワガママだよ」そう言い切る女と出会ったのは初めてのことで、それが逆にかわいいと感じた。

今思えば年下の君のことを甘く見ていたのかも。
君のことを先に好きになったのはボクからだから、そのワガママという条件付きは受け入れての交際。
やりたくないことはやらない。食べたいものは食べたい。化粧品はこれじゃなきゃダメ。
ある程度の拘りはまだ女性らしさからなるものだと理解したけど、ときおり拘りがワガママの線を越える。

そうなる度にボクはグッと息を飲むようにして躊躇いを掻き消す。君の顔を見て”こりゃマジだわ”と苦笑いして頬にキスをする。
好きなら受け入れる覚悟はあっただろうか。好きだからとなんでも許すのが君のためだったろうか。
でも、君の求めるのは《私を尊重する》そんな男。
尊重とはなんだ。
甘やかすことか。
彼女からして都合のいい解釈の世界で生きるのは心地良かったのはいつの頃までか。

自分のワガママを理解してのことなのか、ことセックスに関しては君のリクエストは少なかった。

「あなたのやりたいことが私のやりたいことだから」

そう言う露な姿になった君に対してボクはワガママになれたことはなかった。君のことを大切にしたかったからどうしても自分勝手には出来なくて。君が満たされることで幸せな気持ちを掬い取る。
なんの不満もなかったけれど、体を重ねるごとに繋いでいた手は離れ、背中に回していた手がシーツを握り、交わしたキスは口元から首筋に変わっていた。
君に対してワガママになれば良かったのだろうか。
それはワガママな自分を許すためにせめてもの僕に与えられた自由だったのだろうか。

別れの予感は現実のものになる。
体の距離は心の距離だ。
あの夜と同じ道を走る車内で「もう終わりにしよう」と君から切り出す。
何度目の台詞だろうか。何度も何度も同じシチュエーションを迎えては宥めてボクが折れて「ごめんね」と言って。

君からは”許す”ことではなく”我慢”することを教わった。
まず謝ると言う手段を身に付けることが出来た。
いい大人が小娘に謝る姿はワガママな君から見たら惨めに見えていたのか。健気に見えていたのか。
でももう繋ぐ気持ちはなくなってた。あの時みたいに決して声を上げることはない。
ブチッ。
あの日千切れた音はもう終わりなのだという知らせの音だった。


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