エリザベス2世の死去で考える英国で野球が普及しない理由

去る9月12日(月)、日刊ゲンダイの2022年9月13日号27面に連載「メジャーリーグ通信」の第123回「エリザベス2世の死去で考える英国で野球が普及しない理由」が掲載されました[1]。

今回は9月8日(木)に崩御したエリザベス2世と野球の関わりを通して、英国において野球が普及していない理由を検討しています。

本文を一部加筆、修正した内容をご紹介しますので、ぜひご覧ください。


エリザベス2世の死去で考える英国で野球が普及しない理由
鈴村裕輔

英国王エリザベス2世の訃報は、英国だけでなく世界中の関心を集めた。

1952年の即位以来、70年にわたり王位にあったのは英国史上の最長記録である。さらに、国民の8割以上がエリザベス2世の即位以降に生まれたということを考えれば、文字通り英国の象徴、英国そのものであることが分かる。

一見すると関わりの薄いかのように思われる「女王と野球」についても、1991年5月に2週間にわたる米国訪問を行った際に大リーグの試合を観戦するなど、両者は無縁ではない。

エリザベス2世が目にしたのはオリオールズ対アスレティックス戦でブッシュ大統領夫妻の先導によりグラウンドを視察したり両チームの選手と握手をしたり、試合会場であるオリオールズの本拠地メモリアル・スタジアムの観客の歓声に手を振って応じるなど、野球の試合を堪能した様子が窺われたものだった。

ところで、野球の原型とされるラウンダーズが英国発祥の競技ながら、野球そのものの普及度は低い。

19世紀末には米国から野球団が数回にわたり訪英して試合を行い、プロリーグも結成されたとはいえ、現在に至るまで傍流の競技に留まっているのは周知の通りだ。

それでは、何故英国では野球が定着しないのか。「サッカーが盛んだから」「似た競技のクリケットがあるから」といった答えはすぐに思い浮かぶだろう。

しかし、英国における野球の導入と展開の過程を見ると、事情はもう少し複雑なことが分かる。

例えば、今も階級の違いが強く意識される英国社会にあって、19世紀末に行われた野球の主な担い手が労働者であったことは、社会の基盤をなす中流階級や上流階級への普及を妨げた。

また、20世紀に入ると、初期には米国から英国を訪れる野球選手や指導者たちが「野球は米国生まれの素晴らしい競技」と米国の優位性を強調することが少なからずあり、英国の人々に野球を受け入れることに抵抗感を覚えさせた。

さらに、英国で競技する選手の大半が米国人であった点も、英国内での競技人口の増加を阻害する結果となった。

それでも、既存の市場が飽和し、選手の供給源の多様化も求められる中で、かつてプロリーグが存在した英国は有望な普及先となる。2019年にヤンキースとレッドソックスが公式戦を行ったのも、機構が目指す英国市場への再参入の第一歩だった。

来年6月にはカーディナルスとカブスが4年ぶりにロンドンで公式戦を開催する。会場はエリザベス2世を讃えて命名された、クイーン・エリザベス・オリンピック公園内のロンドン・スタジアムだ。

今後、英国において野球が定着するか、注目したい。


[1]鈴村裕輔, エリザベス2世の死去で考える英国で野球が普及しない理由. 日刊ゲンダイ, 2022年9月13日号27面.

<Executive Summary>
Why Is Baseball Not Popular in the UK? (Yusuke Suzumura)

My article titled "Why Is Baseball Not Popular in the UK?" was run at The Nikkan Gendai on 27th September 2022. Today I introduce the article to the readers of this weblog.

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