政界の歴史から考える安倍前首相の「4つの進路」(2)

去る12月1日(火)、8月の安倍首相の退陣表明に際して執筆した原稿「政界の歴史から考える安倍前首相の「4つの進路」」の第1回目をご紹介しました[1]。

そこで、今回は第2回目の内容を以下にご案内いたします。

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2.「立法府の長への転身」
行政府の長である内閣総理大臣を務めた者の処遇は思いのほか難しい。

退任後に政界を引退せず、名誉職を含めて何らかの職に就かない場合、存在感の大きな無役の議員が誕生する。

だが、政界の歴史を紐解くと、ある唯一の事例が見つかる。衆議院議長への就任だ。

東久邇宮内閣を継いで1945年10月に組閣し、戦後最初の総選挙に敗れて1946年5月に退陣した幣原喜重郎は、1949年に当時の吉田茂首相の推薦もあり、衆議院議長となった。

首相経験者が衆議院議長を務めた事例は幣原のみである。また、自民党の総裁から衆議院議長となった者も、河野洋平元総裁しかいない。

幣原は政権の維持に失敗し、河野も自民党として初めて首相を経験しない総裁となったことへの埋め合わせの意味の強い衆議院議長就任だった。

しかし、衆議院議長は立法府の長であり、参議院議長、内閣総理大臣、最高裁判所長官と並び三権の長として国家の運営の中枢を担う要職である。

首相として野党と鋭く対立し、党派間の調整などの手腕は未知数ではある。

しかし、有識者会議や諮問会議などを活用し、官僚機構を駆使することで政策を進めてきたの安倍首相は、いわば「調整型のリーダー」だ。

もちろん、「首相経験者が衆議院議長になるのは国会の軽視だ」といった反対の声は、特に野党から起こるだろう。しかし、自民党側にこうした声を押し切るだけの覚悟があるなら、「安倍議長」は奇手ではあっても必ずしも悪手ではないだろう。

3.「政権への再度の復帰」
2012年12月以来、衆参両院の通常選挙は6回行われた。これらの全てに勝利したことは、安倍首相にとって重要な権力の源泉の一つだった。何故なら、このような「勝負強さ」によって、安倍首相は党内の反対派や野党の批判の声を押さえて安全保障関連法制などの政策を実現してきたからだ。

だが、第一次政権では2007年7月の参議院選挙で敗北したことと体調問題とが重なり、安倍首相は辞任を余儀なくされた。さらに、福田、麻生と2代の内閣が総選挙を経ずに成立したことで、「政権のたらいまわし」という批判が高まった。

また、ほぼ1年ごとに政権が交代したことも有権者の信頼を失ったこと、最大野党の民主党が政権獲得を強く意識した公約を掲げたことなどもあり、2009年の総選挙で自民党は結党以来最大の議席減となり、下野した。

2021年10月までに衆議院議員が任期満了を迎えることを考えれば、新たに組織される内閣は選挙管理内閣の性格が強まる。しかも、2022年には参議院議員選挙が控えている。

その一方で、新型コロナウイルス感染症の拡大の収束が見通せない中で総選挙を行うことには対しては、与野党だけでなく、有権者の理解を得ることも難しい。「まず、コロナ対策を」という世論を重視すれば、政策の一貫性を重視すれば実務能力の高い人物が首班となるものの、「選挙の顔」としての魅力の点で見劣りする。

この場合、新首相は自民党に有利な時期に総選挙を行えず、任期満了で衆院選を迎えた1976年の三木武夫内閣や、任期満了直前に衆議院を解散した2009年の麻生太郎内閣のように、現有議席を大幅に減らしかねない。

もし、自民党が国政選挙で劣勢を強いられた場合、安倍首相が二度目の再登板を果たす可能性は皆無ではないのだ。

一見すると荒唐無稽に思われる「第5次安倍内閣」ではあるものの、必ずしも根拠のない話ではない。

実際、1960年7月に退陣したとき64歳であった岸信介首相は、その後も政権復帰を一度ならず思っていたと回想している。

そして、祖父でもある岸首相を尊敬し、その政治手法に倣っているのが安倍首相だ。

退陣は自分で判断したという安倍首相の発言は、「最高地位にあるものは、自分の進退を誰に相談することもなく、自分自身で判断しなければならない」という岸元首相の指摘をなぞるものでもある。

「体調を回復し、新体制を一議員として支えて行く」という記者会見での発言からは、安倍首相が自らの健康状態に一定の見通しを持っていることを示唆する。

現在65歳の安倍晋三首相が、体調を回復した後の「二度目の政権復帰」を視野に入れているとしても不思議ではないだろう。
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[1]鈴村裕輔, 政界の歴史から考える安倍前首相の「4つの進路」(1). 2020年12月1日, https://researchmap.jp/blogs/blog_entries/view/76353/12a102d9c2934d52aff3cf3dadde19db?frame_id=435622 (2020年12月3日閲覧).

<Executive Summary>
Four Possible Futures for Ex-Prime Minister Shinzo Abe (II) (Yusuke Suzumura)

The "Cherry Blossom-Viewing Party Issue" which is concerning on Ex-Prime Minister Shinzo Abe is a hot topic in the Japanese politics. In this occasion I introduce a not published article in which we examine four possible futures for Mr. Abe.

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