「彭帥問題」を巡るWTAとIOCの対応の持つ意味は何か

昨日、女子テニス協会(WTA)は彭帥選手が中国共産党の元幹部から性的被害を受けた問題に関して中国政府の対応に懸念を示し、香港を含む中国での全てのWTAトーナメントをただちに中止することを公表しました[1]。

スティーブ・サイモン最高経営責任者の声明では今回の決定がWTA理事会の全面的な支持により下されたことが示されており、彭帥選手に関する問題を受けて中国からの撤退を表明していた方針が実行されるた形になります。

これに対し、中国の外交当局はWTAの判断がスポーツの政治化であるとして反発の姿勢を示しています[2]。

確かに、有力な国際競技団体が中国での大会の開催を中止することは問題そのものが解決していないことを示します。また、チベットやウイグルにおける人権問題とともに、彭帥選手の問題が中国と他国の新たな争点となることも容易に推察されます。

それだけに、彭帥選手を巡る問題の鎮静化を図ろうとする中国側としては、WTAの措置を受け入れがたいのは当然です。

一方で、1973年にビリー・ジーン・キングら9人の女子選手が中心となり、男女平等の理念に基づいて設立されたWTAにとって、性的被害を主張した彭選手の権利が損なわれるような事態は、競技の統括団体としてばかりでなく、団体の発足の経緯に照らしても受け入れがたいものです。

キング氏がWTAの決定について「歴史的に正しい側に立った」[3]と指摘したことは、WTAの基本理念を踏まえた内容となります。

ところで、中国当局がWTAの方針に反発する一因となったのが国際オリンピック委員会(IOC)です。すなわち、11月21日(日)にIOCはトーマス・バッハ会長が彭選手とテレビ通話を行ったとする写真を公表し、安否に問題がないとして中国側の対応を評価しています[4]。

ただ、公表されたのは動画ではなく写真であり、対話の相手が彭選手本人であることをどのように確認したかも明示されなかったことは、IOCの対応の妥当性と正当性を疑わせ、中国当局の宣伝活動を間接的に肯定するものではないかと懸念されるものでもありました。

これは、中国企業を後援企業として迎えるとともに、来年2月に北京で冬季五輪が開催されることを踏まえ、中国側を刺激することを避けようというIOCの一面で現実的であり、他面において打算的な態度の表れです。

このようなIOCの態度については、2014年2月のソチ冬季五輪の際にプーチン政権の強権的な統治に対して各国から批判が起きた中で、一貫してロシア当局への批判を控えることで間接的にプーチン政権の施策を支持した状況[5]と類比的です。

もとより、五輪の開催を唯一の目的とし、放送権収入や後援契約料を国際競技団体に配分することで各団体を金銭を通して統制しようとするIOCにとって、中国を批判することは現在の確立された体制の崩壊に結び付きかねないだけに、可能な限り避けるべきものです。

その意味でIOCの対応は組織の維持という点では妥当です。

しかし、IOCの一連の対応が中国の「スポーツの政治化への反対」という立場の根拠を提供し、「IOCは問題を容認する」という合図を発しているとすればどうなるでしょうか。

IOCは事態を改善するのではなく、むしろ悪化させていると言えるかも知れません。

このように考えれば、少なくとも現時点ではWTAの対応は彭選手の問題の真相を解明するために重要な措置であり、IOCや中国当局には、事態の打開と真実の公表のためにさらなる努力が求められると言えるでしょう。

それとともに、WTAがどこまで中国での大会の中止という方針を維持できるかも注目されるところです。

[1]Steve Simon announces WTA’s decision to suspend tournaments in China. Women's Tennis Association, 2nd December 2021, https://www.wtatennis.com/news/2384758/steve-simon-announces-wta-s-decision-to-suspend-tournaments-in-china?fbclid=IwAR3gmuEqPNm3JhSfoPZFH_38CKr9ju-th6HZbi-CApCEkTT9akRNRV43K5g (accessed on 3rd December 2021).
[2]「スポーツの政治化に反対」 女子テニス試合中止―中国. 時事ドットコム, 2021年12月2日, https://www.jiji.com/jc/article?k=2021120200971&g=int (2021年12月3日閲覧).
[3]Bille Jean King. "I applaud Steve Simon & the @WTA leadership for taking a strong stand on defending human rights in China & around the world. The WTA is on the right side of history in supporting our players. This is another reason why women’s tennis is the leader in women’s sports.". 5:36AM, 2nd December 2021, https://twitter.com/BillieJeanKing/status/1466144144783462404 (accessed on 3rd December 2021).
[4]女子テニス、中国開催中止. 毎日新聞, 2021年12月3日朝刊25面.
[5]鈴村裕輔, バッハIOC会長の「開会挨拶」はオリンピック憲章に背く. 20142月8日, https://researchmap.jp/blogs/blog_entries/view/76353/00133ab22fb9925d724180e10463311b?frame_id=435622 (2021年12月3日閲覧).

<Executive Summary>
What Is a Meaning of the WTA's Statement of Suspension of Tournaments in China? (Yusuke Suzumura)

The Women's Tennis Association (WTA) announces the statement to suspend tournaments in China by the reason of the "Peng Shuai Issue" on 2nd December 2021. In this occasion we examine a meaning of this decision.


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