栄典と野球史の観点から考える「安倍首相の辞任表明」

昨日安倍晋三首相が辞意を表明したことを受け、本欄では2012年12月の組閣以来安倍首相が示してきた権力への強い意志と政権の維持のためのしたたかな態度が持つ意味を検討しました[1]。

そこで、今回は安倍首相のこれまでの取り組みと今後のあり方に基づく2つの話題を挿話的に検討します。

まず、内閣総理大臣としての在任期間が第一期と第二期を合わせて日本の憲政史上で最長となったことは安倍首相の国際社会での存在感を高める一方で、栄典の面でも安倍首相自身に大きな名誉をもたらすことが推察されます。

すなわち、「総理大臣を五年以上やると生存中に大勲位をもらえて(中略)これは戦前からのしきたりらしいんだ」という指摘からも、安倍首相が生存中に最高位の勲等である大勲位を受勲することになると考えられます。

戦後、生存中に大勲位を受勲した総理大臣経験者は吉田茂、佐藤栄作、中曽根康弘の3氏で、吉田茂と佐藤栄作は通算の在任期間が5年を超えていたものの、中曽根の場合は満5年に20日ほど足りませんでしえた。

しかし、陸軍中将として内閣総理大臣となった東條英機が「中将の在任期間が5年以上で大将に昇進」という内規に満たない4年10か月で大将に昇進した際は四捨五入により5年と見なしており、中曽根も東條の昇進の前例を準用したとの指摘があります[2]。

現時点で、安倍首相以外に存命する唯一の「5年以上の総理大臣経験者」は小泉純一郎元首相です。

小泉氏が大勲位を受けていないため、安倍首相が大勲位を受けるのは先のことになると考えられます。しかしながら、小泉氏が叙勲を固辞する場合は、思いのほか早く新しい大勲位の受勲者が誕生するかもしれません。

一方、祖父である岸信介元首相を強く意識して政権を運営してきた安倍首相にとって、「祖父が実現したものの、孫が成し遂げられなかったこと」の一つは、大リーグの公式戦での始球式です。

岸首相が米国のドワイト・アイゼンハワー大統領と良好な関係を築いたように、安倍首相もドナルド・トランプ大統領と密接な間柄にあります。

また、1957年6月に渡米した岸首相がアイゼンハワー大統領とゴルフを通して相互の関係を緊密にしたことは、安倍首相がトランプ大統領とのゴルフを重視する背景の一つと言えるでしょう。

ただ、1957年6月23日にヤンキー・スタジアムで行われたニューヨーク・ヤンキース対シカゴ・ホワイトソックス戦で岸首相は始球式を行ったものの、安倍首相は現時点で大リーグの公式戦での始球式を行えていません。

安倍首相としては2021年9月の自民党総裁の任期が満了するまでの間に渡米して始球式を行うと考えていたかもしれない者の、実際には今回の退陣の表明により、現職の首相としての始球式の実施は難しくなりました。

本人の意向を別にすれば、野球と政治の観点、あるいは野球史の側面から眺めると、安倍首相の大リーグの公式戦における始球式が実現しないことは、残念なところです。

[1]鈴村裕輔, 「安倍首相の辞任表明」が示すしたたかさと権力への強い意志. 2020年8月28日, https://researchmap.jp/blogs/blog_entries/view/76353/e29e1ae6b023c2df25b9227cbe99aaa0?frame_id=435622 (2020年8月29日閲覧).
[2]御厨貴監修, 渡邉恒雄回顧録. 中央公論新社, 2007年, 409頁.

<Executive Summary>
Remarkable and Episodic Topics of Prime Minister Shinzo Abe (Yusuke Suzumura)

Prime Minister Shinzo Abe announced that he would resign his position on 28th August 2020. In this occasion we examine two remarkable and episodic topics of Prime Minister Abe.

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