【追悼文】ある友人とのいくつかの思い出

先日、私の高校時代の友人が逝去しました。

高校時代の3年間で同じクラスになることはなく、部活動も運動部とオーケストラというように直接の接点はなかったものの、私が彼のことを知ったのは高校1年生の4月と、入学から間もないころでした。

同じクラスの友人が彼と部活動が一緒であったため、昼休みや放課後の練習に誘いに来る際に互いに挨拶をしたのが最初の交流でした。

ただ、いつも笑顔が大変印象的で、所属する運動部でも1年生の頃から存在感を発揮していたこともありましたから、私が彼のことを知る機会の訪れが遅くなることはなかったであろうと思われます。

1995年3月に東京都立青山高等学校を卒業し、直接交流する頻度が少なくなっても、折に触れて同期生が集まる場で彼のことがしばしば話題となったのは、誰からも親しまれる人柄のためでした。そして、友人たちの話から、彼が高校時代に所属していた運動部の競技の指導者として活躍していることを聞き、これほどの適職はないと思ったものでした。

われわれ同期生が大人数による同期会を定期的に開催するようになった2014年8月からは、互いの交流もこれまで以上に活発なものになりましたし、ソーシャル・ネットワーク・サービス(SNS)を通して日頃の活動などを知る機会も増えました。

それだけに、SNS上で病気を患ったことの報告があった際には心配になりましたし、病気を克服する固い決意を力強く表明したのを目にし、病気に正面から立ち向かう彼の姿を影ながら応援しようと決めたのでした。

昨年7月13日(土)に同期会が開催されると、彼も参加し、いつものように屈託のない笑顔を見せる様子に、周囲は安堵したものです。そして、会の終了時に高校卒業から25周年を迎える2020年に記念の同期会を開催するという計画を話すと、「鈴村君、よろしく!楽しみにしてるよ!」と彼は力強く私の肩を叩いてくれました。

しかし、新型コロナウイルス感染症の拡大によって大規模な懇親会を開催することが困難な状況となったため、残念ながら昨年の約束を果たすことは出来ませんでした。

そして、「また、来年」と再会を約して握手した彼と、再び会うことも叶わなくなりました。

私の手元にある、昨年の同期会の参加者が手書きで作った名札の中には、彼が書いた名札もあります。

今やこの名札は、われわれが3年間をともに過ごし、その後も絶えず交流してきた、思い出の品となりました。

この28年間の変わらぬ友情に、改めて感謝し、そのご冥福を衷心より願う次第です。

<Executive Summary>
Miscellaneous Memories of My Friend (Yusuke Suzumura)

One of my friend since my high school age had passed away in December 2020. In this occasion I remember some memories of the past 28 years.

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