コミッショナーが「人種差別反対運動」を静観する米球界の危機

去る7月6日(月)、日刊ゲンダイの2020年7月7日号26面に私が隔週で担当させていただいている「メジャーリーグ通信」の第72回「コミッショナーが「人種差別反対運動」を静観する米球界の危機」が掲載されました[1]。

今回は5月末から米国内外で起きている「人種差別反対運動」について、大リーグ機構が積極的な関与を避けている理由とその影響を検討しています。

本文を一部加筆、修正した内容をご紹介しますので、ぜひご覧ください。

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コミッショナーが「人種差別反対運動」を静観する米球界の危機
鈴村裕輔

5月末の「ジョージ・フロイド事件」に始まった米国内での人種差別に対する抗議活動は、世界各地に波及しつつ、今もなお続いている。

大統領として「人種差別の一掃」や「人々の融和」を強調して事態を収束させることが期待されるドナルド・トランプは、抗議運動に反発する白人たちの行動を称賛したり、人々の分断を深めるような行動をとっている。

あるいは、トランプは「極左で何もしない民主党は秋に負ける」と、抗議運動と今年11月の大統領選挙に絡めるかのようなツイートも行っている。

これに対し、スポーツ界の反応はまちまちだ。

米国のスポーツ界では、コミッショナーのアダム・シルバーが「人種差別問題を無視することは出来ない」と明言し、レブロン・ジェームズら著名な選手がアフリカ系アメリカ人に大統領選挙での投票を呼びかける非営利団体の設立を計画するなど、NBAでは一連の動きに積極的に関与する姿勢が認められる。

また、かねてから「トランプ寄り」とされてきた全米自動車レース協会も人種差別に反対する方針を示した。

一方、大リーグではコミッショナーのロブ・マンフレッドが立場を鮮明にしていない。

大リーグに占めるアフリカ系アメリカ人の割合は、選手だけでなく観客数でも年々低下している。アフリカ系アメリカ人の代わりに勢力を伸ばしているのが中南米の選手であり、客席に増えるのは購買力のある白人の中高年の姿だ。

どちらかと言えば消極的とも見えるマンフレッドの様子は、事態に深く関与すると白人の観客の中の保守層の反感を買ったり、球団の経営幹部にアフリカ系アメリカ人が少ないことや中南米の選手と低額の年俸で長期間の契約を結んでいることを問題視されかねないと懸念しているかのようだ。

だが、ヤンキースのアーロン・ジャッジ、ジャンカルロ・スタントン、ドジャースのクレイトン・カーショウやデビッド・プライスら球界を代表する選手たちが「差別反対」を明言するなど、球界全体が問題を避けているわけではない。

あるいは、「今こそ人種にまつわる憎悪を終わらせる時だ」と指摘したマーリンズの最高経営責任者デレック・ジーターの発言も注目を集めている。

意図的であるか否かは別として、選手や一部の経営陣と大リーグ機構側やその他の球団幹部が役割を分担しているなら、マンフレッドらの曖昧さも作戦の一つだろう。

しかし、密接な関係にあるトランプ政権の意向を尊重するかのように明確な方針を打ち出さないままであれば、「球界首脳は差別を助長している」と批判を受けかねない。

「開幕問題」を解決した球界は新たな問題に直面しているのである。
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[1]鈴村裕輔, コミッショナーが「人種差別反対運動」を静観する米球界の危機. 日刊ゲンダイ, 2020年7月7日号26面.

<Executive Summary>
Only Observing Anti-Racial Discrimination Movements Brings Slowly Damages to the MLB (Yusuke Suzumura)

My article titled "Only Observing Anti-Racial Discrimination Movements Brings Slowly Damages to the MLB" was run at The Nikkan Gendai on 6th July 2020. Today I introduce the article to the readers of this weblog.

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