地下鉄サリン事件を巡るごく個人的な経験(6)

本日、1995年3月20日(月)にいわゆる地下鉄サリン事件が起きてから26年目を迎えました。

事件が発生した直後の私自身の印象、あるいは日本の鉄道史と犯罪史における地下鉄サリン事件の意味については、本欄でご紹介した通りです[1]-[3]。

地下鉄は東京都立青山高等学校に入学した1992年4月以来日常的に利用しており、しかもこの年の4月からはお茶の水の駿台予備校に通うことになっていました。

それだけに、日比谷線と丸ノ内線とが事件の現場となったことは、私にとって地下鉄サリン事件が決して縁遠い話ではなく、身近な出来事だと思われたものです。

そのため、一時は渋谷駅でJR山手線に、新宿駅で中央線に乗り換えて御茶ノ水駅まで出ることを検討しました。

しかし、当時の山手線と中央線の混雑の具合と、通勤・通学時の中央線では遅延が常態化していたことを考慮し、最終的に東横線から銀座線を経由して丸ノ内線を利用する、当初予定していた順路を変更しないこととしたのでした。

幸い、その後同様の事件が発生することはありませんでした。

それでも、地下鉄に乗車する際に網棚や車内の他の場所に不審物が置かれていないか注意するようになったのは、他の多くの方と同様に、私が地下鉄サリン事件を経て新たに習慣とした行為の一つでありました。

[1]鈴村裕輔, 地下鉄サリン事件を巡るごく個人的な経験(2). 2014年3月21日, https://researchmap.jp/blogs/blog_entries/year_month/76353/year_month:2014-03?frame_id=435622 (2021年3月20日閲覧).
[2]鈴村裕輔, 地下鉄サリン事件を巡るごく個人的な経験. 2013年3月21日, https://researchmap.jp/blogs/blog_entries/view/76353/13004fed9a42bb4450d11d6e463fbc12?frame_id=435622 (2021年3月20日閲覧).
[3]鈴村裕輔, 地下鉄サリン事件の発生から20年目に際して--変化と変容の観点から. 2015年3月20日, https://researchmap.jp/blogs/blog_entries/view/76353/ee51ab11ba707a611adf436cd927842b?frame_id=435622 (2021年3月20日閲覧).

<Executive Summary>
A Personal Experience of the Sarin Attack on the Tokyo Subway VI (Yusuke Suzumura)

The 20th March 2021 marks its 22nd year of an occurrence of the Sarin Attack on the Tokyo Subway of 1995. I remember my personal episode concerning on this attack.

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