不正投球がなくならない3つの理由

去る4月24日(月)、日刊ゲンダイの2023年4月25日号27面に連載「メジャーリーグ通信」の第137回「不正投球がなくならない3つの理由」が掲載されました[1]。

今回は、ニューヨーク・メッツのマックス・シャーザー投手が不正投球を行ったとして10試合の出場停止と罰金を科されたことに関連し、大リーグにおいて不正投球が根絶されない理由を検討しています。

本文を一部加筆、修正した内容をご紹介しますので、ぜひご覧ください


不正投球がなくならない3つの理由
鈴村裕輔

「スピット(唾)」「エメリー(やすり)」「カット(切れ目)」など、日常的な語彙が用いられていることは、野球にとって不正投球が縁遠い存在ではなく、身近な出来事の一つであることを表している。

それでも、1920年に規則改正行われ、球に異物の付着や形状の変化を加えるあらゆる行為は不正とされた。しかし、各球団はスピットボールを投げる選手を2名まで指定できたという事実は、「スピットボールを一律に禁止すると大きな影響を受ける選手がいるため」という理由とともに、当時の選手にとって不正投球が珍しくなかったことを教えている。

しかも、規則改正以前にスピットボールを投げていた投手は規制の対象外となったのだから、球界の不正投球に対する意識も決して高いものではなかった。

規制というにはあまりにも緩やかであった球界の対応は、「見つからなければ問題ない」という意識を生み出す原因の一つとなった。

それでは、どうして不正投球に対する球界の対応は厳しさを欠くのだろうか。

主たる理由として挙げられるのは以下の3点である。

(1)規則上禁止ではあるものの、不正投球は投手にとって相手打者を抑えるための工夫の一つである。
(2)選手そのものの実力が高くなければ不正投球によって優れた成績を残し続けられない。
(3)不正投球を確実に見極めるのが容易ではない。

特に、打者の一振りで逆転満塁本塁打を打たれて敗戦投手となり、結果的に年俸の査定にも影響するとなれば、投手にとって相手を抑えるためにあらゆる努力を行うのは、たとえそれが規則上不正であるとしても、当然の試みとなる。そして、このとき、倫理や道徳は不正投球の問題の枠外に置かれているのである。

あるいは、通算313勝を挙げて野球殿堂入りするだけでなく、「不正投球を行っているのは公然の秘密」と言われたゲイロード・ペリーでさえ、実際に不正投球を理由に退場処分を受けたのは22年間の選手生活の中で1982年の1回だけであった。これは、摘発の難しさだけでなく、実力がなければその場しのぎの不正投球だけで300勝を達成できるものではないことを示している。

今回不正投球を行ったとして10試合の出場停止処分を受けたマックス・シャーザー(メッツ)も、どの程度の頻度で不正な球を投げていたのかは不明である。また、不正投球を行っていなかったとしても現代の大リーグ屈指の投手であることに変わりはない。

その意味で、シャーザーを巡る一件は、不正投球の根深さだけでなく、不正投球への需要の大きさを物語っているのである。


[1]鈴村裕輔, 不正投球がなくならない3つの理由. 日刊ゲンダイ, 2023年4月25日号27面.

<Executive Summary>
The Reason Why the MLB Pitchers Use a Spitball (Yusuke Suzumura)

My article titled "The Reason Why the MLB Pitchers Use a Spitball" was run at The Nikkan Gendai on 24th April 2023. Today I introduce the article to the readers of this weblog.

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