【書評】大木毅『ドイツ軍攻防史』(作品社、2020年)

去る4月29日(水、祝)、大木毅先生の新著『ドイツ軍攻防史』(作品社、2020年)が刊行されました。

本書は、大木先生が2013年から2019年にかけて専門誌『コマンドマガジン』に寄稿した論考19編に2010年の共著書『鉄十字の軌跡』(国際通信社)と書き下ろし原稿3編で構成され、第一次世界大戦、戦間期から第二次世界大戦序盤、対ソ戦、そして第二次世界大戦終盤の4つの局面を通してドイツ軍が繰り広げた攻防の歴史が検討されています。

内容そのものに即せば、同じ「こうぼう」であっても、本書がドイツ軍の「攻防」に留まらず「興亡」の歴史を扱っているといっても過言ではありません。

それにもかかわらず「攻防史」の名が与えられたことで、本書が英仏やロシアあるいはソ連といった外的との戦いだけでなく、ドイツ国防軍とヒトラー、あるいは「作戦上の有利を追って、連環の乏しい攻撃を展開した」(本書72頁)軍内部の相克などを描くことを可能にしました。

実際、ドイツや英語圏などで刊行された史資料集や近年の研究成果に基づき、第一次世界大戦の序盤で行われたマルヌ会戦から1945年3月の連合軍によるライン川の渡河までを具体的な逸話や出来事を分析し、積み重ねることで、第一次世界大戦末期のドイツ軍首脳がある意味で「ヒトラーほどの戦略センスも持ち合わせていなかった」(本書64頁)ことや、対ソ戦において劣勢となったドイツ軍が「紙の上では、強大な兵力」(本書217頁)によって作戦の遂行に当たっていた様子などが、丹念に描き出されています。

一方、「通俗的な戦記本」(本書249頁)と異なり最新の知見を渉猟しながら註が事項の補足を中心とし、引用ないし参照された箇所の明記が少ないこと、作戦や戦況の図が色の濃淡を基本としているために視認性の点で劣ることなどは、本書の中でも追補や改善の余地のある点でした。

例えば、1941年12月1日に南方軍集団司令官を解任されたゲルト・フォン・ルントシュテット元帥がウクライナ地方のポルタヴァからドイツ本国に帰還する際に土地の母娘からウクライナ式のテーブルクロスと花束を贈られた挿話(本書207頁)などは心温まる「一つの佳話」(同)であるものの、出典が明記されていないため、原典を確認しようと思う読者にとっては好ましいものではありません。

また、大小さまざまな図は本文の理解を助けるものの、読者が一目で図を理解するためには、ドイツ軍の進路を斜線、ロシア軍の進路を点線で表記するといった工夫を施す方が望ましいと言えます。

しかし、ただドイツ軍の来歴を通史的に俯瞰するだけでなく、ベルクソン(本書26頁)やショスタコーヴィチ(本書183頁)など、同時代の哲学者や音楽家の逸話を参照することで記述に奥行きを生み出しつつ、政治史や社会史などの観点からの分析を最小限に止めることで軍事史としてのドイツ軍の攻防の実相を克明に描き出した本書は、読者にとって新たな気付きや発見をもたらすことでしょう。

これからも種々の出版の計画が立てられていることも含め、『ドイツ軍攻防史』は興趣の尽きない一冊と言えるでしょう。

<Executive Summary>
Book Review: Takeshi Oki's "Die offensiven und defensiven Schlachten der deutschen Streitkräfte" (Yusuke Suzumura)

Mr. Takeshi Oki published a book titled Die offensiven und defensiven Schlachten der deutschen Streitkräfte (literally The Offensive and Defensive Battles of the German Armed Forces) from Sakuhinsha on 29th April 2020.

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