米球界が銃規制推進に積極的でない決定的理由

去る5月30日(月)、日刊ゲンダイの2022年5月31日号26面に連載「メジャーリーグ通信」の第116回「米球界が銃規制推進に積極的でない決定的理由」が掲載されました[1]。

今回は米国テキサス州ユバルディでの銃乱射事件への球界の素早い対応とその限界を検討しています。

本文を一部加筆、修正した内容をご紹介しますので、ぜひご覧ください。


米球界が銃規制推進に積極的でない決定的理由
鈴村裕輔

テキサス州ユバルディの小学校で児童19人を含む21人が死亡した銃乱射事件は、「銃社会・アメリカ」の暗部を改めて浮き彫りにした。

事件の発生を受け、連邦議会では上院議員のクリストファー・マーフィー(民主党)が演説を行い、「われわれは何をしているのか」「われわれは何のためにここにいるのか」と繰り返し、銃規制に対する立法府の無策を批判した。

これまでも連邦政府による銃規制の推進を求めながら、全米ライフル協会(NRA)を筆頭に各種のロビー団体の厚い壁に阻まれて来たマーフィーの演説は実感のこもったもので、米国内外から多くの共感の声が寄せられた。

また、大統領のジョー・バイデンもツイッターに「今こそこの苦痛を行動に移す時だ」と投稿し、連邦議会でも「いつになればロビー団体に立ち向かうのか」と議員たちに奮起を促している。

だが、NRAのようなロビー団体だけでなく、銃器産業とは関係のない一般市民の間でも、「人民が武器を保有しまた携帯する権利は、これを侵してはならない。」という米国憲法修正第2条の条文を根拠に「銃の所持は固有の権利」と考え、あるいは「自衛のために銃は不可欠」という考えは珍しいものではない。

そのため、今回のような銃乱射事件が起こるたびに人々は事件が起きた現場で哀悼の意を捧げるものの、銃規制の話題となると多くの人が消極的な態度を示すのである。

状況は大リーグにおいても変わらない。

ヒューストンからユバルディまで自動車で約5時間の距離にあるアストロズは、事件当時に本拠地ミニッツメイド・パークでの試合で選手や監督・コーチが犠牲者に黙祷した。また、大リーグ機構も被害者の家族や友人などに弔意を示し、ともに歩む決意を示す談話を発表している。

また、ヤンキースとレイズは、事件の翌日の試合で銃が米国社会に及ぼす影響をSNSに投稿するとともに、試合の中継の中でも同様の話題を取り上げた。球団ごとの取り組みはあっても、対戦する両球団が連携して銃問題の啓発を行うのは珍しい出来事だった。

しかし、アストロズ、ヤンキース、レイズ、あるいは機構の声明や取り組みを見ても、犠牲者への弔意や銃社会への警鐘はあっても、銃規制の推進を表立って求める表現はない。

これは、球界には狩猟を趣味とする選手が多いから、あるいは銃規制反対が基本的な姿勢の共和党を支持する経営者が多いから、といった事実ばかりが原因ではない。「銃規制は固有の権利の侵害」という米国社会の素朴な信念を念頭に置いた結果なのだ。

その信念は素朴であるだけに力強く、乗り越えるのが難しいことを、ユバルディ事件は改めて示したのである。


[1]鈴村裕輔, 米球界が銃規制推進に積極的でない決定的理由. 日刊ゲンダイ, 2022年5月31日号26面.

<Executive Summary>
Expressing Sympathy Promptly and Avoiding Gun Control Show MLB's Dilemma (Yusuke Suzumura)

My article titled "Expressing Sympathy Promptly and Avoiding Gun Control Show MLB's Dilemma" was run at The Nikkan Gendai on 30th May 2022. Today I introduce the article to the readers of this weblog.

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